2012年01月29日

ワイルド・ソウル 垣根 涼介

第六回大藪春彦賞・第二十五回吉川英治文学新人賞・第五十七回日本推理作家協会賞の三冠同時受賞作品。

小説のエントリーが続いて恐縮ではありますが、やはり面白い本は紹介しないと勿体ない。

信用できる人からの推薦があって購入。最近は人のオススメを素直に聞くという態度が出来てきて、おかげで良い本に会える機会が増えている。ニンゲン、素直が大事だね。

で、今度はこうしてブログで紹介するわけですが、予定のない連休の前、とかに読み始めるのをお奨めしたい。なぜか?想像がつくと思うけど、途中でやめられなくなるからです。

この国には昔から性根の腐った部分があります。国民の命を守らず、むしろゴミのように無駄遣いして捨てる。最たる例が「特攻」であり、最近では原発事故における政府・官僚の不作為でしょう。SPEEDIのデータを公開しなかったために、どれほどの市民が無用な被爆をしたのだろう。

元外交官の佐藤優氏が喝破するところによれば、こういうことです。
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明治憲法以来、官僚は政府ではなく天皇に忠誠を誓う組織であったが、敗戦後、天皇は権力中枢から降りてしまった。その後、官僚機構は漠然と「日本国」のために働き、彼らが集合意識的に志向する「正義」によって動いている。
官僚達にとっての「正義」とは、日本国&エリートとしての自分達であり、国民などは有象無象・・何も考えず手足として黙って働いて税を収め、国家の都合によっては簡単に打ち捨ててよい存在・・でしかない。(「小沢革命政権で日本を救え」より管理人が要約)
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本書は、日本政府・外務省が行った戦後最悪の「棄民政策」を追って始まる。

「ブラジルでは家付きの農地が支給され、努力次第で必ず成功できる。」政府の口車に騙され、親戚から借りたなけなしの金で船に乗った貧しい移民たち。だが彼らは移民ではなく、口減らしのための棄民だった。すべてが嘘だった。故郷に戻る術もない彼らが送り込まれたのは、農地どころか野生のままのジャングルだった。地獄のはじまりだった。

わかりますよね?もうこれ、途中で読むのをやめられないです。

彼らの運命、慟哭、怒り、哀しみ、蕩尽されてゆく命。
文明から隔絶された入植地。そこから徐々に消えてゆく家族。あるものは病に倒れ、あるものは獰猛な自然との格闘に絶望して逃亡する。しかし逃亡した先にも、異国で社会の最底辺を乞食同然に這いずり回る運命しかない・・

しかし、一人の男が細い蜘蛛の糸を辿るようにそこから這い上がり、すべての家族が死に絶えた入植地に戻ったとき、ある運命が待っていた。

後半は、彼ら移民たちが日本政府と「ケリをつける」話に盛り上がってゆきます。入念に準備された日本国、政府・官僚機構との対決・・ますます読むのをやめられないです。

前半の重苦しさを、後半の痛快さがうまく中和しています。主人公ケイの底の抜けた明るさが、物語全体のトーンを救っています。彼に絡んでくる脇役たちも、一人ひとり顔が見えるほど明確な個性があります。

ずばり男性向けです。過激なエロシーンもありますので、大人の方だけ読んで下さい。

読むべし!






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2012年01月22日

本格小説 水村美苗

2002年読売文学賞受賞。

最近はあまり小説を読まない・・と以前のエントリーに書きましたが、それは比率が減っているという意味であって、まったく読まないわけでも興味がないわけでもありません。それに、比率が減った割には「当たり」の確率は高くなっていると感じます。

本書も「当たり」の一冊。いや「大当たり」の一冊です。

著者は、以前UPした「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」(すごい本だった・・)の水村美苗氏。「日本語が・・」は評論だったわけですが、それ以前の著作はすべて小説で、「数年に一度、実に読み応えのある小説を発表する作家」との情報もあったので、試しに読んでみるか!と購入。

いや、試しに・・という気軽な調子には相応しくないかもしれません。なにしろ上下巻1000ページ。装丁も麗々しい。なによりタイトルが「本格小説」です。
このタイトルは冗談でつけるか、でなければ相当の内容が伴っていないとつけられないと思いますが、「日本語が亡びるとき」で知った著者の力量を考えれば、とても冗談とは思えない・・などと思いつつ読み始めたのですが、やはりその日は予定外の夜更かしをする羽目になり、翌日からは10分間だけ電車に乗る間も、昼飯を食う間も、待ち合わせの隙間も惜しんで読みふけりました。

本格的な小説でした。

どうせ読むならこういう本を読んだほうがよい。1000ページが全然長くない、どころか、残りページが少なくなるにつれ、終わるのが惜しくなってくる。著者の、日本語表現力の高さが読みやすさを後押ししています。

恋愛小説でした。

それも一途で、せつなくて、生涯を捧げた、大人の男が読んでも引き込まれる、大恋愛小説でした。

・・・

戦後、まだ日本に「階級」が厳然と残っていた社会で、裕福な家庭に生まれた娘・よう子と、中国から乞食同然に逃げ帰ってきた貧しい家の子・太郎が出会う。

階級があり、生まれつき持てるものと持たざるものの絶望的なまでの落差があり、だからこそ、その落差を攀じ登ろうとする飢餓感があった社会。

太郎はアメリカに渡り、実力で大富豪にのし上がり伝説の男となる。いっぽう、華やかだったよう子の一族は凋落の一途を辿ってゆく。

この二人の、運命や階級を乗り越えようとする大恋愛を核とし、彼らを取り巻く多彩な登場人物たち、その一族の物語を、多重構造の語り手たちが「軽井沢」という舞台を中心に紡いでゆく。

・・・

太郎の子供時代から青年期の運命にハラハラし、世代を経るに従って光と力を失って行くよう子の一族に、明治維新をピークとして小粒化して行くばかりの日本の近代を重ねてイメージし、最後に明かされる物語の主要な語り手である冨美子と太郎の関係にあっ!と驚き納得します。

「日本は軽薄、というより稀薄な国になってしまった」

太郎の言葉に、かつて階級・大家族というものが厳と存在していた重厚な社会が、なんだか拠り所のないフワフワした世界に変わってしまった虚無感を感じます。

自由と平等を無条件に「良きもの」として進んできた戦後日本ですが、フラットな水面が静かで美しくはあっても活力に欠けるように、落差がない社会には流れも勢いも生まれないでしょう。きれいごとを抜きにして言えば、階級というものは現実に存在しますし、悪平等で覆い隠すのではなく、むしろそれが目に見える必要があると思います。大事なのは、階級を固定させないこと、努力や才覚で格差にチャレンジできることであり、それこそが社会のダイナミズムを生む原動力となるはずです。特に、(偏差値エリートではなく)天下国家の行く末を我が事として考えられる、真の意味でのエリート階級が求められます。
見えにくい階級化がひそかに進み、若い世代に「チャンスがない。努力しても報われない」という無言の絶望感が広がるのは最もいけません。

日本に階級があったころを舞台にしてこそ描けた”本格小説”。

堪能してください。

読むべし!



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2011年10月30日

博士の愛した数式 小川洋子

「猫を抱いて象と泳ぐ」「人質の朗読会」と読んで、すっかり小川洋子さんのファンになった私。今さらでスミマセンなどといいつつ本書を手に取った。

「今さらで」というのも、一般には、本書「博士の愛した数式」が代表作とされているだろうからだ。映画化されたことによって、小川さんの読者以外にも本書のタイトルはひろく知られているし、もし代表作でないとしても小川作品では最も有名な一冊、という位置づけに間違いない。
そこを飛ばし「猫を抱いて象と泳ぐ」から入って、その後も(なんと実は人から貰って自宅にあったのに)「博士」をスルーして「人質の朗読会」を先に読んだ・・というのは、入門の仕方としては少々迂回ルートであったように思う。

しかし、と敢えて言いたい。

いやまだ3冊しか読んでいない立場でなにか言うのは、あまりにも口幅ったいが、しかしそれでも、「これでよかった」と言いたいし、「博士の愛した数式」が代表作という位置づけには少々反対、とも申し上げたい。

本書「博士の愛した数式」は、代表作と呼ぶにふさわしい珠玉の一遍である。
もし小川作品を一冊だけ図書館に収蔵するから選べ・・といわれたら本書を推す。(繰り返すが、いまだ3冊しか読んでいないおまえが言うか、とは思いつつ)
小川作品のファンかどうかに関わらず、普段は読書にあまり縁がないという方にでも、本書は自信を持ってお奨めできる名作である。作品の完成度、透明感、無駄のなさ、物語に満ち溢れてこぼれそうになっている愛と優しさ、絶妙にやってくる大小さまざまなハプニングで飽きさせない展開・・もうもうなんというか・・一級品である。自分が読んだ前2作と較べても、本書がアタマひとつか、少なくとも半分は抜きん出ている。

それなのに何を文句言うかといえば、前2作を読んで、自分がひそかに「これが小川ワールドを構成する必須重要元素」と理解したものが、この「博士の・・」には入っていない(あるいは、ほとんど入っていない)からだ。
例えが俗で申し訳ないが、唐辛子抜きの韓国料理を食べて、それが仮にものすごく美味しくても、今日食べたのはハタシテ韓国料理だったのか?という微妙な疑問が残ると思う。そんな感じなのである。

「必須重要元素」が何かを明かさねば話は進まない。
自分が思うところ、それは「異形」とか「残酷」といった、ダーク味のスパイスである。

「猫を抱いて象と泳ぐ」には、11歳で成長することをやめ、窮屈な人形の中に閉じこもってチェスをさす主人公が登場する。もうこれだけで十分に異形であるが、彼を取り巻く登場人物たち〜いつも肩に鳩を乗せている少女「ミイラ」や、バスのドアを通り抜けられないほど太った男「マスター」〜も輪を掛けて異形である。彼らが活躍する舞台も、かつてホテルの地下プールだった秘密クラブや、ロープウェイでしか行くことのできない老人ホームなど、実に奇妙な設定だ。

「人質の朗読会」は、物語そのものが、異国で反政府ゲリラに拉致されて死んだ人々の朗読会・・という暗い設定に置かれている。

ところが、「博士」には、こういったダークなスパイスがほとんど入っていないのである。

無論、80分しか記憶が持続しない元・数学博士という設定には、そこはかとない哀しさや運命の残酷のようなものがただよっている。
しかし、物語を通して読者が味わうのは、あふれてこぼれそうな愛と優しさである。光であり、慈しみであり、感謝であり、恵みである。透明な幸福が、完全な形に結晶した人生という時間である。
前2作は16歳未満にはあまり積極的に読ませたくないような、読んでも面白みがわからんやろ・・という気がするが、本作は小学生から読んでもらってもOK!と言いたい一冊である。

でもだからこそ、ここから入ってしまうと後で小川洋子の異形や残酷に気づいて「なんか最初の印象と違う」とか・・ もっと悪いケースでは、この一冊だけでよしとして小川ワールドの魅力であるダークテイストを知らないまま通り過ぎてしまうとか・・ の危惧を感じる。
したがって、拙文を読んで小川作品にご興味を持たれた向きも、他を2冊か3冊読んだのちに「さて」などといいつつメインディッシュに取り掛かる舌なめずりと共に本書「博士」に手を伸ばしていただくのが宜しいかと思いますよ。

マ要するにだな。小川作品はすごくいいから「博士」だけでなく他もどんどん読んでほしいというファンの戯言だな俺が言いたいのはナ。

読んでね。



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2011年08月23日

人質の朗読会 小川 洋子

最近はあまり小説を読まないのだけれど、「猫を抱いて象と泳ぐ」が、あまりにも良かったため、本作を書店で見かけたとき速攻で購入してしまった。そしてまた、期待を裏切らないクオリティをしみじみと堪能したのでありました。
・・・

地球の裏側で反政府ゲリラの人質になった8人の日本人旅行客。100日を超える拘束期間の果てに、救出作戦は失敗し全員が爆死する。
それから2年後、遺族に録音テープが届けられた。記録されていたのは、8人の人質による朗読会。ゲリラの基地を盗聴していた特殊部隊によって録音されたものだった。

という舞台設定の上で、9つの物語が展開される。朗読されるのは、人質一人一人が書きしるした、それぞれの人生の「断片」とでもいうべきストーリー。それは囚われの日々の退屈と不安をまぎらわせるためのちょっとした遊びで、けして遺言のような悲愴なメッセージではない。各々の物語は、華やかでもスペクタクルでもなく、むしろささやかな、あるいは淡々とした、ほんのちょっとした日常を描き出してゆく。

異国でゲリラに拉致される、という極端に非日常的な設定と、その中で紡ぎだされた、ささやかで日常的な物語・・しかも読者は、その語り手たちがすでに死んだことを知っている。だから一遍一遍の物語が、黒い背景に置かれた真珠のように静かに輝きます。

端的に言えば9編からなる短編集なわけですが、「死んだ人質たちの、誰に届けられる予定もなかった物語」という糸で”ひとつらなり”にされ、一粒一粒の真珠が首飾りに完成するような、見事な全体像を創り出します。

素晴らしいのは、それだけではありません。人質は8人なのに、物語は9つあり、最後の物語が、それまでの8編を上手にひきとっています。
9編目の物語には、葉っぱを運ぶ昆虫の話が出てきます。自分の体より大きな緑の葉っぱを抱え、列をなしてせっせと運ぶ様子は、森を流れる小さな川のようです。その姿が、8編のストーリーを語る8人に重なってきます。

特別な栄誉も名声もないけれど、ひとりひとり、ひとりぶんの人生を、せいいっぱいに抱えて黙々と歩いていた人たち。そして、思いもかけぬ展開で突然この世からいなくなってしまった人たち。それは、この8人に限らず、我々を含めたすべての人間たちが「生きる」ということ、そのもののように見えます。

一日一日を生きてゆく、祈りにも似たその営みを神の目から優しく見下ろしたら、こんな物語が書けるのでしょうか。

特別な時間を過ごせる、と保証します。

読んでください。



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2010年12月11日

猫を抱いて象と泳ぐ 小川 洋子

「ここ10年で最高の小説でした」とプレゼントされ、なんの予備知識もなく読み始めた本。

読後に奥付を見て「博士の愛した数式」の著者だと知ったが、その本は読んでいないし映画も見ていないから、けっきょく本書についても作者についても何も知らない。そのせいか、この作品は自分の中で他の何とも繋がらず独立して浮かんでおり、その「独立して浮かんでいる」状態が最もふさわしいように思う。日常から離れ、繭のように完成した形で浮かんでいる。

小説や映画の楽しみは、日常を離れて旅する感覚にある。よくできた物語は、造作が見事で破綻なく、入りこんでその中を体験しても嘘っぽさや無理を感じない。
しかし、物語の世界が我々の現実に近すぎると、時に息苦しい。悲劇を描いていたりすれば、物語世界がよくできているぶん、現実世界にまでつらい気分を持ち帰るはめになる。かといって、あまり日常と乖離した突飛な舞台では感情移入も難しい。

本書は、この「日常からの乖離感」が絶妙である。
廃バスを改造した家、かつてホテルの地下プールだった秘密クラブ、ロープウェイでしか行き来できない老人ホームなど、微妙に現実ばなれした舞台の上に、ドアを抜けられないほど太った男や、いつも肩に白い鳩を乗せた少女・・といった役者が登場する。
自分の体が僅かに宙に浮いて足を動かさずとも風景が変わってゆくような、温かい海を漂い旅するような感覚があって、ここが寓話の世界だと意識される。だから、悲しい出来事もささやかな喜びも、読者の心に直接攻め入ることをせず、ガラスに反響したオルゴールの音色を聴くように優しく伝わってくる。
先へ先へと、展開を追うストーリーではなく、物語世界に浸り、しばし特別な時間を過ごすための一冊といえる。

つむぎだされた世界の完成度は芸術的である。
物語中でチェスというゲームを、詩であり、彫刻であり、音楽であると表現しているが、この小説こそが隙なく美であり、旋律であり、調和である。一言一句が宝石であり、考え抜かれてそこに置かれた駒の一手である。一章一章が絵画であり、名勝負を記録した美しい棋譜のようだ。
晴れた冬の明るい日差しの中で小宇宙につつまれた読書体験を、この先長く忘れる事はないと思う。

11歳から大きくなる事をやめて短い生涯の大半を狭い箱の中で過ごしたチェスの天才、リトル・アリョーヒン。世間的な成功や冨や名誉とは縁のなかった彼の人生が、しかし祝福されているように見えるのはなぜだろう。今回は、あらすじや内容の解説は書かない。読んだほうがよい。

幸せな人生にどうしても必要なものは、好きなものや好きな人たちと一緒に居られる時間だけなのかもしれない。

最上級の物語世界を堪能させてくれる一冊。

読むべし!



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2010年10月23日

ちょんまげぷりん 荒木 源

「ちょんまげプリン?」なんだそのタイトルは?

奥さんが図書館で借りてきて、何度も吹き出しながら読んでいたので気になって読み始めたのですが・・面白くて一気に読み切り、すぐ「ちょんまげぷりん2」を購入してしまいました。

180年前の江戸からタイムスリップで東京に現れたサムライ・木島安兵衛。見るもの聞くもの、何もわからぬ世界で行き倒れそうになった彼を助けたのは、6歳の息子を育てながら働くシングルマザーの遊佐ひろ子だった。
江戸に帰る手立てもないまま居候の身となった安兵衛は、ひろ子への恩義を返すため家事を受けもつことになるが、そこで意外な才能を発揮する・・

江戸生まれのサムライが、料理の腕を磨くうちにスイーツ作りに熱中し、コンテストに出て有名パティシエになる・・という荒唐無稽な展開に加えて、随所にあらわれるユーモアに何度も笑います。たとえば、スーパーでの買い物に関する安兵衛のメモなど秀逸です。

「入口ニテ籠ヲ取リ、欲スルトコロノモノヲソノウチニ入レルベシ。シカシ入レタルモノノ代金ハ出口ニテ徴収サルル仕組ナリ。調子ニ乗リテハ財布空トナルベシ」

そして全体を流れる小気味よいテンポと二転三転するストーリー。なによりも、サムライとしての信念を失わない安兵衛の立ち居振る舞いが魅力です。

「うちむきのことは女がするもの」と決め付けていた安兵衛ですが、ぞうきんがけ一つで家中をぴかぴかにし、インスタントやレトルト食品を排して手作りおかずを熱心に研究します。「やる」と決めたからには手抜きをしない、ものごとに向かう姿勢の真剣さが、刀を振り回して活躍するよりも、よほどサムライらしさを醸しだします。

「安兵衛語録」がまた素晴らしい。

・・・「(現代では)違うの。男と女、武士と町人、みんな平等。家柄も関係ない。才能があれば、なんにだってなりたいものになれるわ」
「あさましい世の中でござるな」
「あさましい?」
「そうではござらぬか。人は己をわきまえねばなり申さぬ。そのようなわきまえぬ心持ち、あさましいと言わねば何というのでござる」

「人には分というものがござる。分をわきまえて生きるのがまことの人の道と申す」

「男はやたらなことで泣かぬものじゃ」

「ならぬことはならぬと申さねば、子供には分り申さぬ」

「子供の横暴は、親が手伝いをさせぬことに一つの理由があると存ずる」

「子育ては家事のうちでも大業でござる。片手間には決してまっとうでき申さぬ。その覚悟が大事なのでござる」・・・

娯楽小説として楽しく読むうちに、現代の日本人が欠落させてしまった大事なものをあらためて教えられる、そんな一冊です。
自由・平等を否定する気持ちはありませんが、安兵衛の言葉を聞いているうちに、「日本で伝統的につちかわれてきた、社会を安定させる定まった型」や「一本筋の通った精神的な背骨」というものが、現代社会からは失われているのだなあ・・と思えてきます。

そして「ちょんまげぷりん2」では、逆タイムスリップで東京から江戸へ!
偶然でしょうが、ここのところ重大な問題になっている「検察による冤罪・ストーリーありきの事件ねつ造」と全くおなじ状況に主人公が巻き込まれ・・このあたりは、笑ってはおられません。ハラハラし通しの展開を、一気呵成に駆けぬけます。表紙を飾る、上條淳士のイラストも光ってます。

読むべし!




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2010年09月22日

虐殺器官 伊藤計劃

こんな小説を読んでしまうと、次に何を読めばいいのだ俺は・・

途方に暮れます。
そのくらい重量級の作品です。

読みながら何度も思いました。

「これが処女作・・だと?」

筆者の伊藤計劃氏は、本書を処女作とする計3作を発表し、わずか34歳で早世しました。が、そういう話題性を抜きにしても、本書が抜きん出た作品であることに間違いありません。いや、「抜きん出た」などという生易しい表現では、はるかに足らぬ。事件?金字塔?
・・適切な形容が見つからぬほどに屹立した作品です。1ページ目からぶっ飛ばされて、あとはもうアカン読むしかない。

・・・
9.11以降の近未来、サラエボで核兵器が使用され、印パ間には核戦争が勃発した。先進国ではテロへの恐怖から極度の監視社会が進行し、途上国では、なぜか内戦や民族虐殺が頻発する。
主人公は、米軍の特殊部隊に所属し、世界中の紛争地域に飛んで首謀者の暗殺を担うが、やがて紛争の背後に、いつも謎の米国人ジョン・ポールがいることを知る。。彼は、どのようにして虐殺を引き起こしているのか??一体なんのために??
・・・

スリリングでミステリアスで骨太なストーリーなのに繊細な心理描写の伴奏があり、奔流のように読ませますが映画を見ているように鮮明なビジュアルが浮かびます。

ジャンルはSFですが、テロリストへの核拡散/戦争を請け負う企業/先進国の支配と這い上がれない途上国の構図・・など、”いま現在”の世界が抱える問題を的確に突いています。
感情をコントロールするために脳の一部をマスキングする技術や、マネーの電子化で全ての個人生活が追跡可能になっている社会・・など、あとほんの少しで実現しそうです。いやもう実は実現しているのかな?

キレイゴトですまない現実をガッシリ掴んだ延長上に未来を描き出しているために、物語世界のゆるぎなさが半端ではない。本書の魅力の土台は、筆者の世界を洞察する目線だとも言えます。グローバリズムという、強者にのみ有利な競争のもたらすものや、資本の力が国家を超えてゆく予兆などを、どのような気持ちで見据えていたのでしょうか?

恐るべき才能。

読むべし!



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2010年08月15日

妖星伝 半村良

今日は、昔々に読んだ本をご紹介する。
桁外れに面白いため、入手可能なうちに伝えておいたほうが良いと思うからだ。

小説が好きな方で、まだ本書を読んだことがない方は、今すぐ書店に走って行って全巻購入し、手近な喫茶店に飛び込んで読みましょう。
小説が特に好きではなく、普段は学術書やビジネス書を読んでいる方は、今すぐアマゾンで全巻注文して、届き次第読みましょう。
読書にトンと縁がない・・という方は、これを機会に全巻入手して、読書の楽しみにハマりましょう。

古い本である。

講談社から単行本第一巻「鬼道の巻」が出たのが1975年。順調に巻を重ね、第六巻「人道の巻」が1980年に出たあと、第七巻「魔道の巻」が出るまでなぜか13年もかかって1993年に完結した。実際、自分など第六巻で終わったものと思っていたのである。

この本は、もの凄い。

何が物凄いかというと、ひとつは本の美術的価値である。なんと装丁が横尾忠則だ。物語世界の特殊なオドロオドロしさと、哲学的ともいえる宇宙観を「どんぴしゃああっツ!」と表現している。自分には本をコレクションする趣味はないが、本書は「所有する喜び」を感じる、ほぼ唯一の本である。
(ただし、現在入手可能な祥伝社ノン・ポシェット文庫版は別物である。本書は講談社(単行本)→講談社文庫→祥伝社ノン・ポシェット文庫と変遷しながら出版されており、講談社で文庫化された時点までは、かろうじて横尾忠則のデザインだった。可能であれば古書を求めて揃えられたし。)→横尾忠則装丁「妖星伝」

そして当然のことながら、物語がすごい。物凄い。ものものものすごい。

どれほど物凄いかというと、奇想天外さ、スケールのでかさ、物語の先の読めなさ、全体像が見えてくるにしたがって際限も無く膨らんでゆく面白さと引き返し不可能性(そんな言葉あるか?)、多彩な登場人物たちの個性的な描きわけ、読後感の比類なさ・・まだまだ書けそうだがもうやめておく・・の全てにおいて、驚くべき高みを達成しているのである。時代劇と活劇アクションと稀有壮大なSFと人間ドラマが全部てんこ盛りに入っていて、しかも調和している。文字で著された一大交響曲である。

Amazonで[妖星伝]を検索すると、数多のカスタマーレビューが、ひとつ残らず星5つ「★★★★★」だ。曰く、

・日本で最も面白い小説
・一読して驚愕する内容。日本を代表する名作
・こんな空想力が日本にもあった!
・最高峰 たぶん、映画化なんて無理
・人生観を変えてくれた一冊
・本でしか味わえない楽しみを満喫できる麻薬のような作品

などなど。。すべて「そのとおおぉり!」である。

舞台は江戸時代の日本である。いきなり16歳未満にはお薦めできないようなシーンから始まる。(ちなみに自分はもっと若くして読んでしまったのであるが、まあそれはこの際関係ない。)当面の主人公(達)は、山田風太郎作品に登場する忍者も真っ青の超常能力を持つ特殊な集団「鬼道衆」。血と淫にまみれた邪宗を奉じ、世に悪と惨劇のみをもたらす彼らは、盟主たる「外道皇帝」の復活を待っている。
そんな彼らの前に、追っ手を逃れて地球に墜落した異星人が現れる(異星人は霊的生命体のため、条件の合致した地球人の肉体を借りている)。その異性人たちが、まさに外道皇帝と同じ特徴を備えていた事から、目が眩むほどの長い過去より仕掛けられてきた、この星と宇宙の謎を解き明かす一大スペクタクルが幕を開ける。
江戸時代から始まって、最後はどこまで連れて行かれちゃうのわたし?という物語である。種明かしは控えるが、「とーーーーーんでもないところまで」連れて行かれてしまう。

そして、宇宙の果てまで旅した後に、第六巻「人道の巻」の最後・・このセリフを読んで、人の一生の、はかなさと切なさと愛おしさに号泣するのである。

「好きだ この、星が・・・ ・・・やはり」

読むべし!読むべし!読むべし!読むべし!読むべし!



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2010年07月25日

ベルカ、吠えないのか? 古川日出男

「ベルカ」とは、ソ連の宇宙船スプートニクで地球軌道を周回して戻った犬の名前。本書は、4頭の軍用犬から始まる犬たちの系譜を、20世紀戦争の歴史に織り込んだ壮大な物語です。

第二次大戦中の1943年、日本軍が撤退したアリューシャン列島のキスカに4頭の軍用犬が残される。
ある犬の血統は米軍に収容され、軍用犬としてアジアに運ばれて朝鮮戦争・ベトナム戦争を戦い、他の犬の血統は北極圏でソリ犬として使役され、狼と交配し、生き延びるために南を目指す。
犬たちは、中国へ、アフガンへ、ソ連へと拡散し、海をわたり、あるものは麻薬取引を仕切るマフィアの一族に飼われ、あるものはソ連の特殊軍用犬部隊に編成されてゆく。

この物語に特定の主人公は居らず、登場する犬たちに固有の名前はあっても彼らが人間のように考え、話したりはしない。歴史という巨大な流れを、犬たちの血脈に沿わせて俯瞰した大きな流れと、その中で生きる様々な立場のイヌと人間たちがある。
一見すると、人間たちの都合に犬たちの運命は翻弄されているようであるが、人間たちも歴史と運命に翻弄されている。そして、犬も人間も、目の前に現れた所与の条件を最善に生き延びてゆくしかないのである。

読み手を選ぶかもしれませんが、他に類の見当たらない独特な構造、語り口と、読後感はとても印象的です。

ただし、ひどく世界史オンチな人は、読む前に第二次大戦〜朝鮮戦争・ベトナム・アフガンの事をさらっと理解しておきましょう。
本書を読んで、アメリカの泥沼がベトナム戦争なら、ソ連の泥沼がアフガン戦争であり、どちらも同じような泥沼化をたどった・・という視点にナルホドと思いました。

読むべし!


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2010年05月09日

天地明察 沖方丁

戦乱から泰平へと移行しつつある江戸初期。侍の役割も、社会が目指す方向も変わっていくこの時代に、22年の歳月をかけて改暦という一大事業に取り組んだ男がいた。

これは、彼の”幸福な人生”の物語です。

当時、800年前から使われていた「宣明暦」が誤差を生じ改暦の必要があったが、これを行うべき朝廷はすでに天文や算術のテクノロジーを失っていた。そこで、江戸幕府碁方(碁を指南することで幕府に仕える家)出身でありながら、算術・暦法・神道にも通じた若き渋川晴海が抜擢される。
陰の事業発起人は、二代将軍・徳川秀忠の御落胤にして初代会津藩藩主・保科正之。春海を支援するのは、のちの黄門様こと水戸光圀や、江戸幕府大老・酒井忠清をはじめ、和算の開祖であり算術の天才・関孝和、異端の神道家・山崎闇斎などなど。
多彩な登場人物たちとの心震える交流が、渋川春海の人生を賭けた事業と、彼の人間的成長を後押ししてゆきます。

以下に、小説とは知りつつ気付きになった事をメモ。

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歴史が証明している。日本のあらゆる諸勢力が天皇を滅ぼさせない。滅ぶのは逆賊のほう。
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社会システムを大きく変えるようなものは、適用された時の影響を吟味した上で導入しなくてはならない。
・・外国人参政権とか?
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「武というものは、のさばらせれば国を喰らう」(秀吉の朝鮮出兵が、武士に仕事を与え国内の需給ギャップを埋める戦争経済ゆえであることを喝破した保科正之の言)
・・軍需産業が米国を常に新しい戦いに駆り立てるようなものか。
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『「嫁に来てくれないか。いや、まずは気持ちを伝えようと」「婚礼の儀に、気持ちも何もないでしょう」これが武家の常識であった。』
・・かつては、「個」というものが社会においても本人の意識においても現代のようには顕在しておらず、人生が、より大きな社会や家・役割といったもの中に組み込まれていたのだろうなあ。
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「天照大神が世をお治めたもうた要領は以下の3つ。
・己を治め、私をなくす事(為政者の滅私)
・仁恵を重んじて民に施し、民を安んずる事(民生の安定)
・多くを好んで問い、世情を詳しく知ること(世情の把握)」

・・・滅私の政治家って、いまは誰かな?民衆の声は、いま政治に届いているかな?
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吾を欺かざる
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座相は、日々の修練の賜物。座った姿勢に品格や人徳が出る。
・・判る!判るなあ。。道場で相対すれば一目瞭然です。
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戦国の世=侵略阻止・領土拡大・領内治安
太平の世=民の生活向上
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「この国には、実は正しく民を統べる権威が存在せず、いつまた覆るかもしれない」「権威の欠如が真の自由闊達を意味せず、本当に”何もない”のだとしたら?」
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江戸幕府が生まれたとき、人々は過去から未来を包括する新しい世界観を欲し、朱子学がそれに応えた。
・・21世紀の新しい多極化世界で、日本は何を支柱とするのか?まさか”武士道”をそのまま持ち出してくる訳にもいかない。
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天地に真剣勝負を挑んだ渋川春海と、彼を取り巻く様々な人間たちが魅力たっぷりに描かれます。彼らの喜怒哀楽、生きがい、情熱、恋、死別、友情、そして人生を賭けた大勝負!

泣きます、興奮します、引き込まれます、ほのぼのします、そして唸ります。470ページをあっという間に駆け抜けます。一流のエンターテイメント小説です。

本屋大賞2010年、第一位。納得です。

読むべし!

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posted by 武道JAPAN at 23:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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