2012年06月30日

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史 與那覇 潤

近代はヨーロッパから始まった。近代化とはすなわち西洋化であり、議会制民主主義や法の統治を備えることだ・・という常識をひっくり返して新しい視点を導入する書。

著者は、東大教養学部卒、愛知県立大准教授。日本近現代史・東アジア地域研究が専門。まだ32歳との事ですが、本書は非常に「切れ」ます。つまり、ナルホドそれで社会と歴史が確かに説明できる・・と納得させる力があります。以下メモ。

・・・
中国では、宋の時代に

・権力は皇帝に一極集中
・優秀な人材を全国から試験によって登用し(科挙)、皇帝に忠誠を誓わせる
・官僚が中央から地方に派遣されて管理する(郡県制)
・政治的には規制があるが、経済的には自由競争で何でもアリ
・政府はほとんど何もしてくれない

という社会システムが確立した。

本書で「中国化」と呼ぶものは、この(現代でいう「新自由主義」のような)システムが世界を覆ってゆくことを指します。
そして、「中国化」と対比する概念として「江戸時代化」を置きます。こちらは

・権力は権威や富と一体ではなく一極集中「させない」
・身分や職業など、社会経済的にさまざまな規制がある。土地から離れて移動も禁止。(要するに封建制)
・その代り、自分の持ち分(身分や家業)を守っていれば子孫代々食べていける

という、日本で独自に発達した社会システムです。
(管理人:共産中国が実は新自由主義のようで、日本が社会主義的なのが興味深いです。そういえば、かつて日本を「最も成功した社会主義国」と評する向きもありました。)

日中は「混ぜるな危険」で、双方のシステムを中途半端に交換導入するとロクなことにならない。

著者は、どの国でも16世紀ごろに確立したシステムが現代でも社会のベースになっている、と説きます。(米国など移民国家は別)
日本では、何度もグローバル化(本書では「中国化」)の波が起こりつつも(清盛の日宋貿易や明治維新や小泉改革)、その度に「江戸」への揺り戻しが起こって、現在まで「長い江戸」が続いてきたものの、いよいよ江戸システムも終焉が近づいている、と見ます。
(管理人:確かに、小泉改革後に格差社会が叫ばれ・・小泉改革と格差社会は実は関係ありませんが・・「三丁目の夕日」的なあの時代に帰りたいよ、みたいな動きはありますね。もうそれはできないのですが、人々の意識の底には、セーフティネットのない未知の世界への怖れがあるのではないかと思います)
反対に、中国でも「江戸化」が起こった時代が何度もあり(毛沢東時代など)、結局それはうまく機能してこなかった、としています。

中国システムでは、政府はほとんど(福祉的なことは)何もしてくれない上に自由競争=負けたら死ね、の社会なので、民衆は父系血縁の「宗族ネットワーク」を構築。女性は結婚しても姓を変えず、同姓の血族をできるだけあちこちにバラまいて、どこかで誰かが成功したらそこを頼る・・というセーフティネットを発達させた。宗族血縁が大事で、他人の子を養子にとるなどは論外。

その他、面白い知見として

機械化されておらずビニールハウスすらない中世では、人口増加が早いと食糧増産が追いつかない。食っていくだけで必死で、すぐ飢饉や内戦になる。ここを脱せないと近代化しない。(アフリカなどでは今もこの状態)
英国では家庭内労働を職業化して(執事やメイド)結婚しない(子供を作らない)層を生み出し、日本では長男だけに跡を継がせる「イエ制度」を作って人口増加に歯止めをかけたおかげで、この二国が近代化に一番乗りできた。中国では、宗族ネットワークが頼りだから可能な限り血縁を増やそうとして人口増加に歯止めがかからず近代化の遅れを招いた。
ただしイエ制度の弊害として、次男以降は生涯結婚もできず、飼い殺しか、都市へ丁稚奉公に出されて多くは野垂れ死んだ。「姥捨て」伝説と違い、「若者切り捨て」が常態化しており、それは現代も続いている。(高齢者の年金のために消費税を上げるが、職のない若者がネットカフェ難民になっている)
・・・

非常に面白い視点を提供してくれます。納得性も高いです。

ただ、タイトルがちょっと残念な気がします。「中国化」というキーワードが刺激的で、本の販促的には良いのでしょうが、世界標準の究極的な社会システムは中国で発明された・・中国は最も進んだ文明の体現者だ・・みたいな部分はもう少し検証が必要と思います。また、著者自身、「(中国と江戸時代)どちらの制度も良し悪しがある」と言いながら、随所に「中国のほうが進んでいる」というニュアンスを押し出す傾向が感じられます。

ヨーロッパなど本来は世界の田舎だった・・という説はその通りですが、かの地で産業革命がおこり、過去200年にわたって確かに世界をリードした背景にある、知的・物的所有権を保護する概念や、法の支配、株式会社という仕組みの発明などを掘り下げたうえで、次の世紀に目指すべき全世界的な社会システムは何か・・という問いにまで持っていかずに中国を礼賛するようでは十分ではないと思います。といっても、著者は歴史学者であって政治・社会学者ではないのでそれは専門外ということかもしれませんが。

とはいえ、「不自由でも我慢すれば皆で生きて行ける」江戸システムにいくら郷愁を感じても、グローバリズムの流れは簡単に止まらないのだから、「どう乗ってゆくか」を考えねばなりません。特に東アジアにおいては、台頭する中国にどう対するか。
著者は、中国の弱点である「世界に提示できる普遍的な価値観を持たない(今のところ、「中華こそ世界一」という独善的で誰も受け入れない概念しか持たない)」点を突いてはどうか、と提案しています。例えば、憲法9条の理念を前面に出し、「武ではなく徳を持って治める儒教道徳はそちらが本家だが今や日本にしか見当たらないようだ。かくなるうえはこちらが文化の中心」として、東アジア共同体は日本の規範をベースに・・となれば面白いのではないかと。(秀吉も朝鮮へ出兵したのは、最終的に中原まで攻め上って東アジア全土を手中にする計画だったわけだし)

内容は充実していますが、文体は口語でとても読みやすい。

読むべし、読むべし!





posted by 武道JAPAN at 17:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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