2011年10月30日

博士の愛した数式 小川洋子

「猫を抱いて象と泳ぐ」「人質の朗読会」と読んで、すっかり小川洋子さんのファンになった私。今さらでスミマセンなどといいつつ本書を手に取った。

「今さらで」というのも、一般には、本書「博士の愛した数式」が代表作とされているだろうからだ。映画化されたことによって、小川さんの読者以外にも本書のタイトルはひろく知られているし、もし代表作でないとしても小川作品では最も有名な一冊、という位置づけに間違いない。
そこを飛ばし「猫を抱いて象と泳ぐ」から入って、その後も(なんと実は人から貰って自宅にあったのに)「博士」をスルーして「人質の朗読会」を先に読んだ・・というのは、入門の仕方としては少々迂回ルートであったように思う。

しかし、と敢えて言いたい。

いやまだ3冊しか読んでいない立場でなにか言うのは、あまりにも口幅ったいが、しかしそれでも、「これでよかった」と言いたいし、「博士の愛した数式」が代表作という位置づけには少々反対、とも申し上げたい。

本書「博士の愛した数式」は、代表作と呼ぶにふさわしい珠玉の一遍である。
もし小川作品を一冊だけ図書館に収蔵するから選べ・・といわれたら本書を推す。(繰り返すが、いまだ3冊しか読んでいないおまえが言うか、とは思いつつ)
小川作品のファンかどうかに関わらず、普段は読書にあまり縁がないという方にでも、本書は自信を持ってお奨めできる名作である。作品の完成度、透明感、無駄のなさ、物語に満ち溢れてこぼれそうになっている愛と優しさ、絶妙にやってくる大小さまざまなハプニングで飽きさせない展開・・もうもうなんというか・・一級品である。自分が読んだ前2作と較べても、本書がアタマひとつか、少なくとも半分は抜きん出ている。

それなのに何を文句言うかといえば、前2作を読んで、自分がひそかに「これが小川ワールドを構成する必須重要元素」と理解したものが、この「博士の・・」には入っていない(あるいは、ほとんど入っていない)からだ。
例えが俗で申し訳ないが、唐辛子抜きの韓国料理を食べて、それが仮にものすごく美味しくても、今日食べたのはハタシテ韓国料理だったのか?という微妙な疑問が残ると思う。そんな感じなのである。

「必須重要元素」が何かを明かさねば話は進まない。
自分が思うところ、それは「異形」とか「残酷」といった、ダーク味のスパイスである。

「猫を抱いて象と泳ぐ」には、11歳で成長することをやめ、窮屈な人形の中に閉じこもってチェスをさす主人公が登場する。もうこれだけで十分に異形であるが、彼を取り巻く登場人物たち〜いつも肩に鳩を乗せている少女「ミイラ」や、バスのドアを通り抜けられないほど太った男「マスター」〜も輪を掛けて異形である。彼らが活躍する舞台も、かつてホテルの地下プールだった秘密クラブや、ロープウェイでしか行くことのできない老人ホームなど、実に奇妙な設定だ。

「人質の朗読会」は、物語そのものが、異国で反政府ゲリラに拉致されて死んだ人々の朗読会・・という暗い設定に置かれている。

ところが、「博士」には、こういったダークなスパイスがほとんど入っていないのである。

無論、80分しか記憶が持続しない元・数学博士という設定には、そこはかとない哀しさや運命の残酷のようなものがただよっている。
しかし、物語を通して読者が味わうのは、あふれてこぼれそうな愛と優しさである。光であり、慈しみであり、感謝であり、恵みである。透明な幸福が、完全な形に結晶した人生という時間である。
前2作は16歳未満にはあまり積極的に読ませたくないような、読んでも面白みがわからんやろ・・という気がするが、本作は小学生から読んでもらってもOK!と言いたい一冊である。

でもだからこそ、ここから入ってしまうと後で小川洋子の異形や残酷に気づいて「なんか最初の印象と違う」とか・・ もっと悪いケースでは、この一冊だけでよしとして小川ワールドの魅力であるダークテイストを知らないまま通り過ぎてしまうとか・・ の危惧を感じる。
したがって、拙文を読んで小川作品にご興味を持たれた向きも、他を2冊か3冊読んだのちに「さて」などといいつつメインディッシュに取り掛かる舌なめずりと共に本書「博士」に手を伸ばしていただくのが宜しいかと思いますよ。

マ要するにだな。小川作品はすごくいいから「博士」だけでなく他もどんどん読んでほしいというファンの戯言だな俺が言いたいのはナ。

読んでね。





posted by 武道JAPAN at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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