2011年10月01日

日本再占領−「消えた統治能力」と「第三の敗戦」 中田安彦

タイトルが面白くて買ってきたが、あとで気づいたら「ジャパン・ハンドラーズ」の著者だった。「ジャパン・ハンドラーズ―日本を操るアメリカの政治家・官僚・知識人たち」は、何年も前に読んだがブログにも書かず内容もあらかた忘れていた。

著者の中田氏は、大手新聞社に勤務後、SNSI(副島国家戦略研究所)で研究員・・という経歴から、副島隆彦の弟子?という位置づけのようで、よって一部からは「陰謀論者」と見られているらしいが、本書の内容は、ウィキリークスから流出した公電をきちんと読んで官僚の行状を暴くなど、実証的な面が見られ十分に説得力があります。

霞ヶ関官僚が隠然と日本を支配している実態や、小沢一郎・鳩山由紀夫がいかにして官僚に陥れられていったか・・などの舞台裏が見えて面白い。小沢一郎に対する評価が興味深く、官僚支配を打破し日本の管理システムそのものを変更しようとしている「制度改革者」と見ています。

官僚による支配を律令制にまで遡って解説するくだりは少々無理を感じますが、官僚制度改革がこの国の最重要課題である点は間違いないことと思います。

以下メモ

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ウィキリークスから流出した公電を読むと、日米の官僚(事務方談合同盟)が、政治の意向を無視したり、妨害したり、情報漏えいを行っている。

米国は、日本の政・官分裂、官僚主導を理解しており、官僚の危機意識の低さから、国家的危機の際に日本が事態収拾能力を失う可能性を見抜いていた。シーファー元駐日大使は、公電の中で日本の官僚制度に触れ、融通の利かなさから「複合的な災害に対応できない可能性がある」と警告している。(東日本大震災であらわになった通り)

米国は東日本大震災(および福島原発事故)発生の一週間後には、日本に対して「国家危機における統治能力なし」「軽度の破綻国家」という判断を下し、首相官邸に数十人の軍人や各専門家からなる「進駐軍」が入って危機対応にあたった。

日本の官僚は「政治主導」を掲げて登場した民主党を嫌悪し、米国は小沢一郎に「反米の疑いあり」と見た。利害の一致した両者は、共謀して民主党を潰しにかかった。かつてアメリカ(占領軍)によって作られた「東京地検特捜部」が小沢一郎を強制捜査し、外務官僚は鳩山由紀夫の弱点を米国側にリークした。

官直人は財務大臣時代、完全に官僚に取り込まれた。「逆さにしても鼻血もでないほど無駄をなくしてから」と言っていた消費税を選挙であっさり言い出し、大敗して衆参ねじれを作り出し、与野党の足の引っ張り合いになった。

鳩山一郎も、孫の由紀夫も「官僚主導から政治主導へ」「議会制重視」「政権交代可能な二大政党制」「対等な日米関係」「アジア重視」を目指していたが、外交交渉が拙劣なうえ身内への根回しも不十分であった。しかも、こういった世界観は米国の利益に反する→米国は自国の国益に反することは容赦なく潰す。

官僚は選挙での入れ替えがないうえ、組織の中での「申し送り」がある。中には親子二代の世襲官僚もいる。政治家が選挙でブームを巻き起こして、長期政権を維持してもせいぜい数年。官僚機構の継続性には勝てない。

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●小沢一郎の視点(2004年に「中央公論」に掲載されたものの要約)

日本はアメリカの占領体制に身をゆだね、難しい政治課題はアメリカ任せで経済的な繁栄に専心した。(管理人:いわゆる「吉田ドクトリン」)
政治課題を丸投げしてきたため、本当の「政治」が存在せず、儲けた金の配分だけをやってきた。その中で、徴税権と、税を配分する官僚の支配が強まった。
実質的な支配権を官僚が握り、政治家は富の配分によって立場を守る。業界はその体制の中で金儲けするという政官業癒着のもたれあいでやってきた。
本当は「アメリカからの自立」「官僚主導からの政治の自立」「日本人の個の自立」が重要。国家の主人は、選挙で選ばれた政治家であって、官僚ではない。

※小沢一郎は、官僚の国から国民の国へと、制度を変えようとしており、総理の椅子はどうでもよい。

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世界中に展開する基地がアメリカのスーパーパワーの重要な源泉。米軍基地の維持にとって、最も交渉しやすい相手は「独裁国家」(指導者とだけ交渉すればすむ)、次が「中央集権的民主主義国家」で、霞ヶ関主導の日本がまさにコレ。最もやっかいなのが「地方分権的民主主義国家」で、地方の自治独立や道州制の議論が進まないのは「アメリカが望まないから」という理由がある。

今後、米国の力は相対的に落ちてゆく。経済力を維持できなくなると世界中に展開する米軍基地も維持できなくなる可能性が高い。その場合、米国は「日米同盟の深化」という名のもとで日本に軍事的な負担を求めてくる。

日本で総理大臣になる一番低コストなやり方は、アメリカの顔色を窺いつつ、外務官僚の敷いたレールに乗ること(中曽根康弘に代表される自民党の首相経験者や、民主党では前原誠司に代表される松下政経塾出身者など)。戦後の長い日米関係の中でもっとも発展してきた「型」。

歴史に鑑みれば、属国が帝国と戦って勝利した例はない。アメリカ帝国が属国ニッポンを放棄するのは、帝国が内部から崩壊する場合である。

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日本の国家体制は、実は近代以前から進化していない。次のような段階の「接木状態」。一定の基盤となる理念が通っておらず、無思想で無規範。

1)部族社会
2)拡大部族社会+律令制
3)2)+イギリス+プロシャ型(明治維新・大日本帝国憲法)
4)3)+アメリカ型(戦後民主主義)

近代憲法では、自立した個人の集合を社会と考え、社会を構成する国民と権力者が契約を結び、権力者は憲法を守る責任を負う、と考える。これは西洋の個人思想を基にしている。

明治に輸入された「大日本帝国憲法」では、権力者と国民ではなく、天皇と皇祖(神々)との契約になってしまっている。日本には、真の自立した個人は育っておらず、正しい民主主義も、近代憲法も定着していない。

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・・と、日本社会の仕組みを様々な方面から分析しています。

西洋の個人主義に基づく社会契約説(社会は個人の集合であり、憲法は権力者の暴走を制御するための枷であると考える)と、そこから発展した近代憲法を骨格とする社会制度は、天皇を中心とする一大家族国家的な世界観を今も保ち続けている日本にはそもそも定着するはずがないのでは?と思います。

日本では個人が自立していない、本当には民主主義が行われていない、等と言われますが、根っこは民族独自の世界観設定にある気がします。例えて言えば、民族としてのOS(基本ソフト)の違いです。

天孫降臨神話と直結した皇室をもつ日本では、神話世界と現実世界が一続きになっていて、人間は神の子・自然の一部で、日本民族は同じルーツを持つ家族・親戚ですが、神と個人が契約を結ぶキリスト教的世界観では、社会は個人の集合であり、個人同士は権利を奪い合う可能性がある他人のように見えます。これは、普段は意識しなくても、我々の社会の底の底を流れているイメージです。

日本的世界観の良さが出れば「和をもって尊しとなす」「助け合い、ゆずり合い」「お互い様、おかげ様」の世界ですが、悪く出れば、個人が自分の足で立ち、頭で考えない「お上まかせ」で、誰も「決断できない日本」ですね。

我々は、日本社会の持つ美点を保持しつつも、オカミマカセにせず自分の頭で考える習慣を身につけるべきと思います。幸か不幸か、東日本大震災後、「国や政府は頼りにならない」「自分(と家族)は、自分で守らねば」と考える人が増えたそうです。大新聞やマスメディアに流れない情報もきちんと集め、世界を見通す眼を養いましょう。

読むべし!




posted by 武道JAPAN at 17:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(政治経済) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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