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地球の裏側で反政府ゲリラの人質になった8人の日本人旅行客。100日を超える拘束期間の果てに、救出作戦は失敗し全員が爆死する。
それから2年後、遺族に録音テープが届けられた。記録されていたのは、8人の人質による朗読会。ゲリラの基地を盗聴していた特殊部隊によって録音されたものだった。
という舞台設定の上で、9つの物語が展開される。朗読されるのは、人質一人一人が書きしるした、それぞれの人生の「断片」とでもいうべきストーリー。それは囚われの日々の退屈と不安をまぎらわせるためのちょっとした遊びで、けして遺言のような悲愴なメッセージではない。各々の物語は、華やかでもスペクタクルでもなく、むしろささやかな、あるいは淡々とした、ほんのちょっとした日常を描き出してゆく。
異国でゲリラに拉致される、という極端に非日常的な設定と、その中で紡ぎだされた、ささやかで日常的な物語・・しかも読者は、その語り手たちがすでに死んだことを知っている。だから一遍一遍の物語が、黒い背景に置かれた真珠のように静かに輝きます。
端的に言えば9編からなる短編集なわけですが、「死んだ人質たちの、誰に届けられる予定もなかった物語」という糸で”ひとつらなり”にされ、一粒一粒の真珠が首飾りに完成するような、見事な全体像を創り出します。
素晴らしいのは、それだけではありません。人質は8人なのに、物語は9つあり、最後の物語が、それまでの8編を上手にひきとっています。
9編目の物語には、葉っぱを運ぶ昆虫の話が出てきます。自分の体より大きな緑の葉っぱを抱え、列をなしてせっせと運ぶ様子は、森を流れる小さな川のようです。その姿が、8編のストーリーを語る8人に重なってきます。
特別な栄誉も名声もないけれど、ひとりひとり、ひとりぶんの人生を、せいいっぱいに抱えて黙々と歩いていた人たち。そして、思いもかけぬ展開で突然この世からいなくなってしまった人たち。それは、この8人に限らず、我々を含めたすべての人間たちが「生きる」ということ、そのもののように見えます。
一日一日を生きてゆく、祈りにも似たその営みを神の目から優しく見下ろしたら、こんな物語が書けるのでしょうか。
特別な時間を過ごせる、と保証します。
読んでください。