2011年08月17日

武道的思考 内田 樹

信用できる友人に勧められた本。

内田氏の本は、すでに「日本辺境論」「下流志向」などを面白く読ませていただいていたので、今回も期待して購入。書店で発見したとき、や、なかなか分厚い本だなと一瞬ひるんだものの、どうやらブログなどを再編集したものらしく、一文一文は短いため楽に読めました。・・楽に読めた、といっても内容の充実ぶりは素晴らしく、ページを繰る手が止まらぬ面白さです。

著者は神戸女学院大学名誉教授。今年大学を定年退職し、まもなくご自分の道場を開かれるとのこと。「武道家」というイカツイイメージをさらっと裏切る独特な文体の軽さが小気味良いです。深刻になりがちなテーマを語っているときでも、ふっとリキミを抜く。
批判や批評を加えるときに、この「緊張感を高めきらずにかわす、そこはかとない軽み」はとても有効だなと感じます。反対意見も衝突を感じずに受けとめやすくなりますね。さすが合気道六段。以下ランダムにメモ。

・・・

・身体能力にリミットをかけているのは大半が脳内ファクター。道場に出ないときにも武道の身体運用について考え続けていると技術は向上する。

・自己利益の追求と同じくらい熱心に公共の福利を考えることのできる「公民」を育成することは共同体にとって死活的に重要で、それこそが教育の意味。

・武術修行を通して開発されるべきは「生きる力」。わずかな予兆から危険を察知して避けることや、他者と共生し同化する・・ひいては集団をまとめる能力。

・ほんとうの身体能力は、ある時間上の点から次の点まで移動するときに、どれだけ細かくその時間を割れるかという事。(管理人:こんなこと武道をやっている人以外に通じるかしら)

・身体で考えることの重要性
近代は自然を都市の外へと排除した。人間に残った自然=身体も排除され、心が主体で肉体は従とされた。近代文学では心の動きや心理の葛藤、愛憎などばかりがクローズアップされた。軍事までもが兵站というリアルを無視して「大和魂」などという精神論に走った。

・葬式の儀礼をなくしたら人間社会ではない
葬儀のような「存在しないものとの対話」を行うのは人間だけ。葬儀だけでなく、例えば音楽も「今、ここ」に存在しないものとの対話。音楽は前の音と今の音と次に来る音が連なっているから音楽になる。つまり、すでにもう今ここにはない音と、今聞こえている音を同時に感じ取れなくては音楽は成立しない。今ではない時間や、ここではない場所をリアルに想像できる能力が大事。

・身体の中でリラックスできている部分が多いほど自由度は高まり、武術における殺傷力も高まる。100%リラックスしている状態が一番強い。相手を不自由な緊張状態に置き、こちらが自由にふるまうのは単なる虐殺。相手の質量も取り込んで相手もリラックスさせたまま一緒に扱えば、さらに大きな運動ができる。(管理人:これ合気道ですね)

・子供を「型」に嵌めることの効用
お遊戯や起立、礼など、定型的な身体運用は必要。他者と同一の動きをまねることにより脳内の「ミラー・ニューロン」が養われる。これを通じて、他者との共鳴や共感が得られるようになり、そのあとで、やっと「他者とは違う自分」という主体がつかめる。
個性尊重とかいって各人勝手なことをさせ、他者との回路を育てないと、「自分」も確立できない。

・近代国民国家というものは人間が勝手につくりあげた想像の共同体であるが、しかしこれを公道とみたててやせ我慢してでも維持する以外に我々の生きる道はない。

・日本人はパイが拡大しているときはナショナリズムを忘れる。パイが縮みはじめると尊王攘夷が出てくる。

・帰属する集団がないものはナショナリストになりやすい。何らかの集団に帰属し、人々と共働し、役に立って必要とされ、敬意と愛情を得ていればパトリオットになる。

・日本にテロを仕掛けることは容易。しかし、もし日本に攻撃を仕掛けた場合、かつての戦争における自暴自棄な戦いぶりからすれば、この国民は一丸となって「復讐国家」となり、憲法を改定し、増税を受け入れ、軍備を増強し、米国でさえ躊躇するような冒険的な行動に出る可能性が高い。そんなことをしても誰も利益を得ない。

・豊臣秀吉の朝鮮侵略は「華夷秩序」コスモロジーで見ないとダメ。当時のアジア世界の常識では、周辺蛮族は地域を平定したら、中央に討って出るのが筋だった。匈奴もモンゴルも満州族もそうした。秀吉も朝鮮を斬り従えて中原に攻めのぼり王朝を立てるつもりだった(が、失敗した)。
日本と朝鮮という関係だけでとらえても判らない。

・安保闘争の時に国民が苛立ったのは、私たちは戦争に負けたのだからアメリカの軍事的属国になる以外の選択肢がないという悲しい現実と恥を受け入れよう、という本当のことを右翼も左翼も言わなかったから。その弱さを認められないほど当時の日本は弱っていた。

・利害対立したときは、実力者が一歩引いて「三方一両損」が最上策。しかし世界一の実力者であるアメリカはこれができない。調停能力に関しては最低で、アメリカが絡んで上手くいった調停はない。

・日本が本当に親米的な国なら、アメリカが世界中で尊敬され敬愛され末永く安泰であり続けるように協力するはず。ところが、そんなことにはこれまで指一本動かさなかった。戦争の後押しをし、「それをするとアメリカの敵が増える」ことは熱心に支持した。特に小泉元首相は積極的にやった。
これは征服された元王家が、仕えた新しい王の没落を願う「従者の復讐」ではないのか?

・・・

話題は武道論にとどまらず、日米安保や核武装にまで及びます。

思いがけない視点や言語化できていなかった実感などが「なるほど」とやってきて実に刺激的です。武道に親しんでいない人にも得るところ多いと思われます。

読むべし!

●ブログ 内田樹の研究室




posted by 武道JAPAN at 20:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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