2011年01月30日

日本の外交は国民に何を隠しているのか 河辺 一郎

著者は1960年鳥取県生まれ。東京都立大卒。愛知大学現代中国学部教授。国連と日本外交に関する数冊の著作がある。

刺激的なタイトル通り、日本外交の実態をレポートする本。本書を一読すると、国内で流通しているイメージから掛け離れた日本国の姿が現れてきます。驚かされる事実が多々あるのですが、それらが一般国民どころか政治家にすら開示されていない様子・・日本外交の実態というより「外務官僚の実態」と言うべきかもしれません。以下メモ。

●日本は発言力がないのか

日本は国連予算の20%に相当する分担金を平均して6ヶ月半も意図的に滞納している。これにより、隱然とした影響力を行使しているが日本国内には知られていない。外相や政務官すら「日本は真面目に払っているのですから・・」などと発言する。
米国も滞納国だが、その事実は国民に開示されており、国連そのものの是非を含めて様々に議論されている。

また、予算の承認は多数決制だったが日本の主導で全会一致制となった。つまり、一国でも拒否すれば予算は成立しない。これにより日本は「拒否権」を手に入れた。

さらに、2年毎に行われる予算の承認を半年毎にしよう(つまり、半年毎に影響力を行使し、場合によってはいやがらせをする)と米国が提案した時も賛同した。提案したのは、米国でさえその姿勢に賛否の激しいボルトン大使、賛同の意を表明したのは前原誠司。(管理人:本書では前原という政治家に重大な疑問を感じる、としているが同感です)

安保理の非常任理事国に9回就任しており、これは加盟国中で群を抜いて最多である。国連事務局への幹部登用も多く、外務省から人材が派遣されている。

これらの事から、日本は国連で相当な影響力を保持しているにも関わらず、国内には「影響力がない」と説明され、常任理事国入りが取りざたされる。

●イラク戦争支持に義はあったのか

米国でさえ、イラク戦は「正義のため」というタテマエを掲げ、口が裂けても「石油のため」とは表明しないのに、日本では「石油が輸入できなくなったらどうする」と言われた。
さらに、「北朝鮮が暴れたとき、米国が頼りなのだから支持すべき」といった理由が挙げられ、戦争が正しいか、理があるかは議論されなかった。これでは、「世話になっているから不正義でも断れない」という理屈になる。

日本はイラク攻撃に終始賛成し、国際世論作りのためアンゴラやカメルーンなど、日本が多額の援助を行なっている国々に経済的な圧力をかけた。
それでも国連が戦争に反対すると「国連改革」を唱え、常任理事国入りを目指し、「戦争ができる」仕組み作りに邁進した。

これらは、政府が交代しても官僚主導で続けられ、特に小和田恒(元国連大使)は精力的に一連の施策を推進した。(管理人:小和田恒氏と言えば雅子皇太子妃殿下の実父であるが、本書ではきわめて彼に批判的である。皇太子妃自身も何かと世間で評判がよろしくないのは周知の通り)

●日本の外交姿勢

日本は軍縮問題に常に消極的な姿勢をとってきた。ICC(国際刑事裁判所)の設置にも反対した。対人地雷禁止条約などは妨害した。

途上国の国連分担金が国力の割に荷重である不公平さを是正しようとするカナダやオーストラリアの提案に反対したのに、米国の分担金削減には賛成した。米国が減った分、日本の分担金は増えた。

南アの人種隔離政策に世界中が反対するなか、日本は制裁を拒み南ア貿易世界一だった。
各地の軍事政権下で多数の行方不明や拉致が頻発していても、日本は人権問題に干渉しようとしなかった。北朝鮮が日本人を拉致していると判った途端、豹変して騒ぎ出した。

・・・

本書の視点からあぶりだされてくるのは、国家としての原理原則、理念や哲学の見えない日本の姿です。どの国でも、比較的目先の国益でご都合主義に動くものですが、それでも戦争の理由を「石油のため」と身も蓋もなく言い切ってしまって疑問を感じない感性は少々おかしい。にもかかわらず、日本国内では「そんな空気」であたりまえと思ってしまう。
筆者は、日本には政・官・学・ジャーナリズムのいずれにも民主主義を可能にする基礎的な知性がないのではないか?と疑問を投げています。

私は、日本人を馬鹿だとは思いませんが、個人が自分の頭と足で自立している状態には遠いと思います。仕事を通じて、欧米人の戦略性や、しつこいほど多角的に議論を深めていくやり方を間近で見ていると、たしかに我々は論理的につき詰めて深くものを考えてゆく習慣に乏しい。国内が平和で人間が正直だから、いちいち疑う必要がない・・という喜ばしい状況の裏返しではあるのですが、それが筆者の言う「民主主義を可能にする基礎的な知性の不足」であるなら、その通りかもしれません。

それにしても、本書でレポートされた実情と国内に流通している一般情報とはギャップがありすぎる。。これは、官僚主導で行っている外交の実態が隠されているせいでしょう。この国は100年前から官僚に支配されている・・と言われますが、一般国民になど本当の事を知らせる必要はない、といったエリート官僚の傲慢が見えるような気がします。

米国は、そんな状況を見透かし、アメリカ留学組の官僚などを通じて日本を意に従わせているのではないでしょうか? 日本が真実独立国ではなく、よく言っても米国の「天領」、あからさまに言えば「属国」であるのは残念な事実です。(100年前から官僚に、65年前からは米国と官僚にコントロールされていてマスコミはその道具)

しかし、一般国民にも「ムズカシイ事はお上まかせ」にしている責任があります。マスコミが乏しい情報しか伝えないせいもありますが、自分の身の回りを超えた世界のできごとに関心を持つ人が少ないのも事実。

もしかすると日本人には「世間」という概念は理解できても、「世界」が分からないのではないか?自分の属する会社や郷土なら把握でき、ふるまい方も判断できるが、国家という単位になるともうその「姿」や「像」がイメージできない。ましてや外の事はもっと分らない。どんな原則をたてるべきか決められず、原則を見出してゆくための議論にも慣れていない。
それでも、日本人にとって日本人が集まって暮らす日本という「場」以上に居心地の良い場所はないでしょう・・ならば、早く地方分権を進め小さな政府と道州制にシフトすることで、政治の単位を日本人が無理なく把握できるサイズに変えるのは、良いアイデアかもしれません。

もっとも、一般民衆が「国家」などを意識するのは、侵略者に直面して国もろとも滅ぶ・・という危急の際か、さもなくば国家の興隆期「勝ち馬に乗った」イケイケ気分のときくらいで、その他の平時には国家観など曖昧になってしまうものでしょうが、それでもいま「これからの正義の話をする」必要があります。欧米先進国の優位が崩れ、中国を筆頭とする新興国は台頭し、チュニジアに始まった民主化運動はアラブ世界を大きく変えるでしょう。
世界は多極化し、多数のプレイヤーが自国の国益に沿って複雑なゲームを展開する中で、知力体力精神力を傾けた国家のIQが試されます。我々日本人しか守り手のいない日本国が淘汰されてはなりません。

参考になる情報がてんこ盛りの一冊です。

読むべし!




posted by 武道JAPAN at 22:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(政治経済) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。