2010年10月30日

忠君愛国の後遺症 ─生きる知恵としての修身、道徳─ 水口 義朗

本日は、1890年10月30日に教育勅語が発布されてから、ちょうど120年目です。

本書「忠君愛国の後遺症」では、かつて広く親しまれた「修身」や「教育勅語」という、具体的なマナーやモラルについて紹介しています。
単なる復古や懐古ではなく、その成り立ちや内容、なぜ失われてしまったかの歴史的経緯などまで語られています。

著者がコラムニストのためか、論旨がやや散漫で、全体を通してどのような結論を導きたかったのかハッキリしない印象はありますが、参考になるポイントが多々ありますし、後半3分の1には尋常小学校の「修身」教科書が当時のままに添付されています。この部分だけでも所蔵する価値があります。

・・・

近年、さまざまな価値観の見直しが行われているが、自由平等への再考もそのひとつ。個人の権利や自由のみが拡大解釈され、他人にも自分と同様な個人の尊厳があることを見落とした身勝手な理屈が多い。

かつて日本には「修身」という具体的な方法論があり、小学校で教えられていた。
これは、日常生活をスムーズに、家族が仲良くし、地域や学校でゆずりあい助けあって生活する知恵とマナーであり、自然法に近い内容であった。(「ヨク マナビ ヨク アソベ」「トモダチハ タスケアヘ」など)

終戦と共に、戦争に関わりのありそうなものは全て抹殺される風潮の中、日本人として、人として、必須のマナーやモラルまで吟味せずに全部捨ててしまった。「修身」も、公共への奉仕・協力や、献身という美徳が、軍国主義や全体主義と混同されたまま否定されてしまった。

代わって「公」への反発や否定から「私」の優先、個人の自由、が強調されていった。

この修身・道徳教育の根本規範とされたのは明治天皇の「教育勅語」であった。以下は、教育勅語の口語訳と、重要とされる12の徳目。

「私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。」

 1. 親に孝養をつくそう(孝行)
 2. 兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
 3. 夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
 4. 友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
 5. 自分の言動をつつしもう(謙遜)
 6. 広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
 7. 勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
 8. 知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
 9. 人格の向上につとめよう(徳器成就)
 10. 広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
 11. 法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
 12. 正しい勇気をもって国のため真心を尽くそう(義勇)

このように、教育勅語には人が生きるための基本的なモラルが含まれており、現代にも充分通用する。発表後には各国語へと翻訳され、世界でも非常に高い評価を得た。

しかし、1930年代になると無闇に神聖視され、本来の趣旨から離れて軍国主義の教典として利用されてしまう。結果、終戦後は教育の表舞台から排されてしまった。

「教育勅語」を復活させれば、現代のアノミー(無規範)状態が解決されると考えるのは粗雑に過ぎるが、このように普遍的な価値を持つ規範を教育に取り入れることは必要ではないか。

・・・

と、分りやすい提言をしています。

さらに感心したのは、「修身」や「教育勅語」の普遍的価値を認めながらも、戦前の日本では、これらによって秩序と道徳が保たれていた・・と単純に結論していない点です。

例えば、戦争が終わった途端に、昨日まで「忠君愛国」「滅私奉公」を唱えていた将校たちが、大量の軍事物資を横領して山分けし姿をくらましてしまった事例などをあげて、指導者達に真の愛国心が育っておらず、戦争をするためだけのまやかしの愛国教育が行われており、本当に「教育勅語」や「軍人勅諭」の精神がひとびとの内面に確立されていたのかは疑問である、としています。

そもそも、「教育勅語」そのものが、明治維新後の西洋文明流入によって乱れた社会風俗を憂えて発布されたという背景があるようですから、真の問題は、日本固有の文化を急角度で方向転換したあたりにありそうです。

近代国家建設にあたって、キリスト教という強力な一神教で武装した西洋の侵蝕に対抗するため、天皇に政治・軍事・道徳のすべての権威を集中させた「天皇一神教」を人為的に作り上げていった日本ですが、もともと日本的でなかったこのシステムは、やはり根付いていなかったのでしょう。敗戦と共に天皇が人間宣言をすると、簡単に結束点がくずれ無効化しました。(やはり天皇陛下には、古来よりほとんどの時代がそうであったように、聖なるものの権威の象徴として存在していただき、軍事だの政治だのの雑事に煩わされるべきではないと思います。)

やがて、ひとびとの意識は、明治以前のムラ社会を基盤にした共同体レベルの大きさへと戻り、一部を宗教が、一部を社会主義運動が、一部を終身雇用の企業が吸収していったのではないでしょうか。時系列で見ると、こんな感じです。

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江戸時代の「村」「藩」といった、地域レベルの共同体
 ↓
明治以降の「天皇」「国家」への集中・一元化
 ↓
終戦後の「(終身雇用の)会社」単位の共同体
 ↓
新自由主義的な個人主義?
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つまり、「ムラ社会」から「国家レベル」へ強引にまとめたが、また「ムラ的共同体」へ戻り、現代はさらに分解して個人レベルへ孤立しつつある。その過程で、アノミー(無規範)状態が顕著になってきた。
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そもそも日本には、論語をベースにした内面的な道徳心の現れである「恥」の感覚がありますが、「恥」は「世間さまに対して恥ずかしい」・・という様に、対象に向かったかたちで発動します。「世間さま」と呼ぶのにふさわしいような、互いに助けあい、また監視しあう、ムラ社会的な共同体が私たちの道徳心の対象であり、その世間がなければ、恥じる対象がないため、恥そのものもない。つまり、現代の道徳低下の原因は、私たちが道徳心を向けるべき世間=身近な共同体が存在しない事なのではないでしょうか。

そして、今後ますます、共同体の力は弱められてゆく可能性が高い(コミュニティ 〜安全と自由の戦場 ジグムント・バウマン)・・もしかすると、解決策は、教育基本法に愛国心を書き込む事などではなく、新しい共同体のカタチを作り出すこと・あるいは家庭という最小単位の共同体や、個人個人の模索から出発すべきなのかもしれません。本書に収録されている、尋常小学校「修身」教科書は、なんらかのヒントを与えてくれると思います。

武道をたしなんでいると「型」の重要性が分ります。初心者はまず型を学ぶわけですが、これは技を究めた先人が究極の奥義として残したものですから、初心者がいきなりマスターできるわけはありませんし、やっている事の意味も理解できません。それでも、型を磨いてゆくうち、やがて技の真髄に到達するものですし、それ以外に至る道はありません。
道徳や徳育というものも、理屈からではなく、型・具体的な振るまい方から教えるべきではないでしょうか?

読むべし!!





posted by 武道JAPAN at 18:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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