2010年10月16日

日本の「戦争力」 小川 和久

「戦力」ではなく、外交、政治、軍事を含めた、日本の総合的「戦争力」を論ずる一冊。著者は、軍事アナリストとして有名な小川和久氏。

一問一答形式で、読みやす〜く軍事と国際情勢を解説しています。

自衛隊ができた経緯から始まって、海上自衛隊と海上保安庁の役割は?とか、イラク戦争支持は筋が通っていたか?北朝鮮の暴走を防ぐには?などなど・・実に多岐にわたる問題に答えています。
初心者にも判りやすく、中高生が読んでもよいほどですが、時には軍事面だけでなく、政治外交の考え方・哲学にまで踏み込んでおり、内容が充実しています。

一般的なマスコミに流布している情報が、いかに表層的で誤解の多いものかも判ります。
全世界に展開する米軍にとって、日本列島とはどんな位置づけにあるのか?など、突然に視点の高さが変わるほどの衝撃です。以下メモ。

・・・

●自衛隊の戦力はいびつである

ドイツと共に、日本の戦力はかなり変則的で、米軍を補う役割に歪曲されている。
潜水艦探査や機雷の掃海・航空防衛は世界最高レベルだが、打撃力や日本国外への戦力投射(プロジェクション)能力がなく、そちらは米軍が握っている。

つまり、米軍が「動ける」ようにサポートする能力しか持たされておらず、独立して作戦を完遂できる軍隊ではない。


●米国の「対等な」同盟国など存在しない

米軍の軍事力は世界で突出しており、対等な関係の国家などない。米国は世界中に同盟国を持つが、全て片務的か、中には全面的に米軍に依存する国さえある。それでも米国は、自国の国益に合致するからこそ軍を展開しており、慈善事業はない。

つまり、片務的であることを後ろめたく感じる必要などない。そもそも、米国は日本が対等の戦力を保持するなど絶対に許容しない。


●集団的自衛権の議論は戯れ言

集団的自衛は、ほぼ対等の戦力を保有するもの同士でのみ可能。国外への戦力投射能力がない自衛隊には、最初から不可能。見方を変えれば、国内に米軍基地を貸与し、サポートしている時点ですでに集団的自衛権を行使しているとも言える。


●日本は代替不能な米軍の戦略拠点

米軍は、米国本土に次ぐ量の燃料や弾薬を日本に備蓄しており、ここを足場にして地球の半分に展開する。また、横須賀は第7艦隊の母港であるが、港ならどこでも空母の(一時寄港先でない)母港になれるわけではない。
これらを実現する安定した高度な社会インフラが整う場所は、日本以外に見出せない。

そのため、米国にとって日米同盟は、他の同盟国と比較不能なほど重要で、米軍機の事故などで民間人に被害が出た場合、速やかに相当な地位の人物が出て日本にだけは謝罪する。他の同盟国に謝罪した例はない。韓国には「いやなら出ていくぞ」と言うが、日本には言わない(言えない)。

日本人もこの現実を理解し、米国への不必要な負い目は捨てるべきである。ただし、同盟国としてできる事も決断しないようだと、頼りにならないパートナーと見られる。


●縦割り行政が日本の安全を脅かす

例えば海上保安庁と海上自衛隊で、同名の艦船が多数存在しており、いざ統合的な作戦が必要になった場合など混乱の元である。

官僚は、自分の組織外には責任も権限も持たないため、幅広い国益を忖度した判断はできない。縦割り組織を統合する国家安全局のような組織が絶対に必要。


●憲法と自衛隊

憲法は、9条だけでなく全体を見直すべき。戦争放棄を謳いながら、戦争とは何かを規定していないなど、不備が多すぎる。
いったん制定したものを金科玉条の如く固持するのは日本人の悪い癖。実情に合わなくなってきたら変えなくてはダメ。
その際、「侵略戦争は断じてしない」と入れれば良い。これは日本の強い外交力になる。

日本国憲法について、海外の研究者の解釈は、一般的な日本人の印象と違う。
日本では、ガンジーの無抵抗主義のようなイメージで受け取られているが、海外では、憲法前文を「戦争のない平和な世界を作る」という日本の理想の表明であり、9条を「侵略戦争をしない」という意思の現われと見る。

自衛隊と憲法は矛盾していない。それどころか、戦力投射能力を持たない自衛隊は、まさに9条の理念に沿って生まれた軍といえる。侵略の可能性を否定し、国際的な災害救助などに積極的に貢献すれば、日本の強力な平和構築力となる。


・・・

平和を実現するためには、対極にある「戦争」を理解しなければなりません。

大前健一氏が「21世紀の世界では、集団IQが高い国家が勝つ」なのに「日本人は情緒のみで論理がなく、ものを考えない」と警告しています(→「知の衰退から如何に脱出するか」)が、私は、日本人はバカではなく、重要で正確な情報が伝わっていないのだと思っています。現実にもとづいた情報がなければ、情緒的な対応しかできなくて当然です。

そのためにも、このくらい基礎的な軍事知識はおさえておきたい。

武道に「力愛不二」という言葉があります。力と愛は二つに分けられない・愛のない力は暴力であり、力のない愛は無力であるから・・という意味です。
平和を希求するならば、単に平和を唱えるだけでなく、それを実現する「力」が必要であるのは明らかでしょう。「力」は、武力だけでなく、知力、勇気、決断、忍耐、包容力など、すべてを指します。

そういった点で、外交、政治、軍事を含めたトータルな「戦争力」という本書の提起に、強く共感します。国際社会で名誉ある地位を占めることは、軍隊や政治だけで行うものではなく、国民全体の総合「力」で成し遂げるものです。

その土台になるのは、どのような世界を望むのか、という日本なりの理念でしょう。

西郷隆盛は、「国家は正義と大義の道に従うのが明らかな本務である。正道を歩み、正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足な交際はできない。」と言っています。(→「代表的日本人」

礼・徳・和・正義・公正・信義・武士道・正々堂々・卑怯をにくむ・弱きをたすける・正直者が馬鹿を見ない・・

他国から輸入されたものではなく、我々の心にビシッ!と響く言葉を、日本人の理想として国家の背骨に据える。そこから日本の「戦う力」が構築されるはずです。

読むべし!





posted by 武道JAPAN at 19:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(政治経済) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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