2010年09月12日

自由と民主主義をもうやめる 佐伯 啓思

著者は京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専攻は社会経済学・経済思想史。

タイトルから想像できたのですが、前2つのブログで取り上げた書物と同様の趣旨が語られています。自由や個人主義に代わる、我々の社会に相応しい価値観は何か?です。エドマンド・パーク(英:18世紀の政治家)の言を引き、社会と切り離された抽象的で自由な「個人」など存在しないと説きます。

戦前戦後の歴史と社会の意味づけや思想の変遷など、とても判りやすくまとまっています。このあたりの流れをスッキリ理解したい人や、そもそも保守って何よ?左翼って何よ?という人に、まず最初に読んでもらうと良い一冊です。以下メモ。

・・・

近代思想が生まれたのは欧州であるが、その欧州は米国と違い、意外に「近代」や「進歩」を軽信しない。フランスもイギリスも、層の厚い「伝統」の方を信頼しており、社会を根底から丸ごと変えてしまうような変革には批判的。

欧州と米国では「保守」が違う。欧州の保守は分厚い伝統の上に乗っているが、米国の保守(建国の理念)は、欧州的抑圧から逃れて新大陸をめざしたのが原点であり、本来は「革新」である。

●左翼(革新)
人間の理性や合理性を信じ、社会科学の進歩によって理想の社会が実現できると考える。

●右翼(保守)
人間は完全に理性的で合理的ではないと考える。非合理に見えても、社会が保持してきた文化や価値観には一定の意味があると考え、伝統を重視する。

●自由
自由が大切であることは当然。しかし自由になって何をするのかが肝要。節度なく身勝手に何でもしても良いはずはない。
一概に、社会が豊かになって安定すると、その社会を創り出した先人の苦労を知らず豊かさを当然と考える人間が増える。社会の不具合を正すために闘う必要もなく、それ以上の高貴な目的に向かう意思も持たずに個人の欲望や情緒で物事を判断するようになる。

●民主主義
民衆は常に正しいか?多数決は少数者の正しい意見をどのように汲み上げる事が可能か?
民主主義が正しく機能するためには、自分達の国にとって何が大事な価値か?という、国民のしっかりとした意思が必要。

●戦争の意味
(福沢諭吉の言を引き)「あの戦争」について様々な反省や論点は成り立つが、根本的には「必然」であった、と解釈する。
世界に最初のグローバリゼーションが起こったとき、日本は賢明にも鎖国した。そして2度目には、独立を保つため止むなく打って出た。諭吉は、帝国主義の世界へ参入した以上は、いずれ自分達が植民地を支配する側に・力づくで他国と権益のぶつかる側に立つと予言した。昭和が失敗したのではなく、明治からこの流れは決まっていた。

米国は「自由と民主主義を守る」という価値観・歴史観を持って対日戦に臨んだ。米国にとっては、ファシズムという「道徳的に間違った」国に対する戦争であり、戦後も、この文脈に沿って日本を断罪した。大戦後、日本はサンフランシスコ条約で世界に復帰したが、この際に米国の価値観・歴史観まで鵜呑みにしてしまった。
戦争に負けたことは受け入れても、道徳的に間違っていたという解釈まで受け入れる必要はないのに、その後、これを正していない。

●21世紀の世界と日本
日本の問題は、自国の守るべき文化や、大切にすべき価値観を喪失していること。21世紀は新しい帝国主義の時代になる。前世紀のような大戦はなくても、資源や経済をめぐって様々な軋轢が起こり、国家は力を競いあう。
国力は政治・軍事・経済・文化(価値観)で決まる。日本が政治や軍事で抜きん出るのは難しいし、経済力も落ちてゆく。文化、価値観を掲げるべき。
そのためには、日本人自身が納得できる価値観の定義が必要。しかし、日本的な価値観には、道義・調和・節度・無私・ことわり・・など、外国語への翻訳が不能な概念が多く、分が悪い。

・・・

日本で「正しい保守」の立場を取る事の難しさや、キリスト教的価値観と仏教や神道をベースにした価値観の違い、グローバリズムが米国内問題の産物であることなど、様々に勉強になります。

戦後、米国一辺倒で来た日本ですが、上手に「アメリカ離れ」をすべき時が来たのでしょう。(「上手に」です。「あんたとは別れたい」と正面切って言うのは馬鹿げています。無論、米国と手を切って中国にべったり寄りそうなど論外ですし、日米同盟はまだまだ当分の間は堅持すべきです。)

しかし、欧州の伝統から飛び出して新国家を創った経緯をあらためて見てみると、米国は極めて人工的な国家です。社会の持つ伝統の厚みという点から日本は欧州に近いし、その欧州では「近代」や「進歩」を警戒し、社会制度を根底から変えるようなやり方には慎重、との事。何でもアメリカの言いなりで良いか?を、この辺りから考え始めてみるべきでしょう。

少なくとも、先の大戦で日本は道徳的に間違っていたから、立派な米国から懲らしめられた・・というような歴史観は、もう捨てるべきです。米国の「自由と民主主義を守る」という価値観だってフィクションですからね。(理由をねつ造してイラクを攻めたり、中東の非民主国家とうまくやっている)

佐藤優の「日本国家の真髄」でも、現下日本が様々な問題を解決できないのは、政治家も官僚も正しい「国体観」を持っていないためであり、我々に急務なのは「国体」の再発見である、と主張されていますが、まさにその通りでしょう。

目先の経済動向に対処するのはもちろん必要ですが、もっと根本的な問題は、我々日本人が何を望み、どこへ行こうと欲するのか、日本とはどういう国でありたいのか・・の国民的な意思が統一されてゆく事だと思います。
そういえば、私はそのために「武道JAPAN」を作ったのですな。

読むべし!






posted by 武道JAPAN at 16:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。