2010年09月10日

戦う者たちへ 荒谷 卓

う〜〜〜ん・・凄い本だった・・。

すべからく表現というものは、書や絵画や舞踊や演奏や(あるいは仕事ぶりや飲みっぷりでも)その人の「人となり」が出るものだと思っていますが、武術鍛錬の成果が文章の見事さに出ているような本です。
振武舘の黒田鉄山氏(一部マニアしか知らないか?)の文章を「秘伝」誌で読んだ時にも感じましたが、すぐれた武人の文章は美しい。無用な装飾を排した簡素さと、無理のないリズムがあります。かの宮本武蔵も、見事な書画や彫刻を残していますが、道を極めてゆくと「ある境地」に達するのでしょうか、見習いたいものです。

著者は、陸上自衛隊特殊作戦群初代群長。
自衛隊初の特殊部隊創設を任命された著者は、「武士道を体現した兵士を養成すれば、世界最強の特殊部隊ができる」と考え、技術とともに精神面も精強な部隊を創りあげ、イラク派遣では共存共栄を旨とする日本的手法が高く評価され「おまえにはイラク人の血が流れているはずだ」と言わしめた、という。2008年に退官し、明治神宮武道場「至誠館」館長に就任。

非常に感心したのは、現下日本の位置関係を、軍事情勢だけでなく、政治経済の大きな流れの中で的確に捉えていることでした。

偶然ですが、ひとつ前のブログに書いた「これからの正義の話しをしよう」の趣旨も、要約すると、

〜「個人」「自由」を価値の根幹に据えた社会は、欲望のまま利益を極大化するグローバリズムのような弊害を齎している。これからの社会は「美徳」や「共同体にとっての最善」を基準に考えるべきだ〜

というものでした。そして、本書でも、ほとんど同様の主張がなされています。

「個人の権利」「個人の自由」より「公共の利益」。

元陸上自衛隊の武人と、ハーバードで哲学を教える学者が、ほとんど同じ結論に到達しているというのは注目すべきことと思います。 以下メモ。

・・・

●世界情勢

戦後、日本を解体する意向であった米国は、冷戦の勃発によって突如日本を復興させる必要に転換した。巨大な官僚組織や護送船団方式のニッポン株式会社も米国の主導によって作られた。

冷戦後の国際社会は、秩序ある市民社会には程遠い「自然状態」。
各国は独立した主体として、新たな秩序と自己の立場を確立すべく、国家戦略や同盟などに最大限の知恵を働かせなければならない。

米ソは、政治的だけでなく経済的にも関わりを持たず対立していたが、米中は互いの経済システムに入り込んでいるため、冷戦時の米ソのような対立構造を取る可能性は低い。米国は日本の味方で中国の敵・・とは限らない。

同盟関係も永遠不変ではない。戦前、アジアにおける米国のパートナーは蒋介石の中国であったし、対日戦においては毛沢東の共産党とも手を組んだ。対ソ戦のために戦後は日本をパートナーに選んだが、冷戦終結と共にその役目は一時代を終えている。

冷戦下、対ソ戦略の必要性から発生した自衛隊も、存在意義を見直すべき。今後は、国同士の総力戦は考えにくく、例えば経済を目的にした限定戦争となる。
自衛隊は、軍以外の国際組織とも連携し、破壊を目的とした武力ではなく、国際貢献など国家としてのソフトパワーを拡大する全体戦略に組み入れるべきである。


●日本

天皇制が維持されたことをもって国体が護持されたと考えるのは甘い。国家のかたちは憲法が規定し、国の未来は教育によって成り立つのに、憲法・教育基本法・皇室典範は変えられたままである。日本は国体の崩壊に向かっている。

敵意のあるものに対して一方が「戦わない」と宣言したからと言って平穏ではいられない。いじめっ子に、無抵抗でいたらどうなるか予想がつくはず。
憲法9条によって日本人が放棄したのは、戦争ではなく「戦うことも辞さない正義心を持った生き方」ではないか?「正しいと信ずる事を貫く為には、自分の肉体の生死など気にかけない」という武士道の美徳は、憲法の敵として追い詰められてきた。

専守防衛は機能しない。敵の本拠地(作戦継続能力の供給元)を叩けないまま防戦を続ければ、いずれ敵部隊が上陸し、本土決戦となる。この時点で、民間人の犠牲なしには済まない事態となるが、現在の政府と国民に防衛戦を遂行する意志があるだろうか?


●武士道

日本の武士道では、戦闘者がたんに戦闘技能を有する武者であるにとどまらず、道理を探求し実践する。精神を主に置き、正しい目的のために肉体を使い切るという生き方が武士道。

「正義・倫理・道徳」が荒廃し、社会が乱れている。これは一時期、一地域の問題でなく世界的傾向であるが、近代以降の文明をリードしてきた西欧世界に解決の糸口が見つけられない。

西欧では、キリスト教の支配と啓蒙思想の普及によって、各国各民族が保持していた精神性や道徳律が歴史の彼方に失われた。ペルシャの軍勢にたった300人で戦いを挑んだスパルタ軍も、圧倒的なローマ軍に立ち向かったゲルマンの戦士たちも、民族の価値観を守り通すために命を賭けるという崇高な美徳を持っていたが、その精神がいかにして涵養されたかの手掛かりは消えてしまった。
海外から日本に訪れる多くの武道家が、この答えを日本の武士道に見つけられるのではないかと期待している。日本には、古代からの歴史と伝統が奇跡的に保持されている部分がある。

本書のタイトル「戦うもの」は、武器を取って戦う人だけでなく大義に向かって行動する全ての日本人の事。
特に自衛官や警察官は「何のために人を殺してまで行動するのか」という精神的支柱が必要。政治・宗教テロリストは精神面も武装して挑んでくる。「自分のため」「組織(自衛隊や警察)のため」を超えた大義が要る。
日本の武人であれば、本来の目的は「日本の歴史・文化・伝統を守る」ことである。


●グローバリズム

グローバル資本主義は、個人の人権や自由で表層を装飾されているが、本質は全ての価値観をマネーで評価し、個人の冨の獲得を最優先にする。

資本主義と民主主義が国内にバランスよく共存していれば、資本の活動は民主主義によって適切に抑制されるが、グローバル資本主義では、資本が国家を超えて活動するため、「公共の利益」を考える民主主義的コントロールが効かない。
その状況で、自由な競争が野放しに奨励されれば、大多数の市民に失敗のリスクが負わされる反面、ごく少数者に極端な富の集中が起こる。「自由」が人間に与えられた絶対的な権利なのかを疑うべき。

個人の欲望を成長のエンジンにする社会から、集団の幸福を追求する社会へ/個人の権利を追求する戦いから、公共の正義を守る戦いへ/の転換が必要。

・・・

後半は、特に「戦うもの」への心構えや鍛錬法などの記述が多くなり、「至誠館」館長らしく、道着を着て合気や剣術の理合を解説する写真なども掲載されています。私としては大いに興味深いですが、一般の方は前半だけ読んでもよいでしょう。

内容も素晴らしいし、文体がまた素晴らしい。私の拙いメモだけでなく、ぜひ原書をお読みください。力付けられること間違いなしです。

読むべし!




posted by 武道JAPAN at 23:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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