2010年05月23日

「恥の文化」という神話 長野晃子

戦後すぐに発表され、日本と日本人を詳細に分析したとされるルース・ベネディクトの「菊と刀〜日本文化の型」は、「西洋は罪の文化・日本は恥の文化」と規定して有名になり、今に至るまで評価が高い著作です。
しかし本書では、「菊と刀」が文化人類学の精華などではなく、米国の国益とベネディクト個人の利得が絡んで作り上げられた「学問の装いを凝らした政治的プロパガンダ」であることを丹念に暴いていきます。

「菊と刀」は、「西洋ではキリスト教による神と罪の概念によって個人の中に道徳心が宿っているが、日本は他者からの評価を気にする恥の文化であるため誰も見ていないところでは容易に堕落する」と説きます。
たしかに、強力な一神教に支配されていない日本人は「罪ではなく恥の文化」と呼ぶにふさわしい側面があるでしょう。しかし、文明、民族としての”日本”に罪の意識が欠如しているとか、日本人は道徳的に劣っているから米国は日本に教育を施さなくてはならない、などと主張されれば「ちょっと待て」となります。いったい、道徳心や罪の意識を持たない民族などいるのでしょうか?

貿易商社の仕事を通じてガイジンの実態を見慣れている自分にとっては、契約書に書いてさえなければ(時には書いてあっても)平気で約束を破る西洋人や、真顔で眼を見て嘘をつく中国人よりも、よほど日本人に道徳心を感じます。もちろん、どの民族国民にも善人悪人はいますが。

一度も日本でフィールドワークをしなかったベネディクトが、わずか1年で書き上げた「菊と刀」の正体とは?以下メモ。

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・「菊と刀」には、1942年にジャーナリストのヒュー・バイアスが著してベストセラーになった「敵国日本」と多大な類似点がある。

・ベネディクトは「コロンビア大教授」と紹介されるが、1931年に助教授になってからは教授昇進の見通しは暗く、引き立ててくれた上司が去るなど大学での立場は安定しなかった。生活基盤安定のため1943年に戦時情報局に雇われ、45年の終戦直後、国務省にレポート「日本人の行動パターン」を提出したがあまり取り上げられていない。その後、大学に1年間の休学届けを出し「菊と刀」を書いて注目され、1948年7月(夏休み直前)に念願の教授職を得たが、2ヵ月後の9月に死去している。

・「日本人の行動パターン」でベネディクト自身が「戦時中の特異な状況における」日本人の行動特性としていたものを、「菊と刀」では「普遍的な日本人一般の」特性に言い換えている。

・ベネディクト自身、教え子達に「菊と刀」はあまり読まないようにと指導していた。
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・1870年〜第一次世界大戦ころは、世界各国で「伝統」が創作された。
国民を統合し、激化する国家間競争に勝利するため、各国は「いにしえ」に起源を持つかに見える道具立てを探し出し、国旗、国歌、軍服や国教を定めていった。

・日本が開国した時、すでに欧米諸国によって世界は分割され植民地化されていた。遅れて工業化した日本とドイツに残されたパイはなかった。一方、アジアの植民地各国において白人の傲慢な人種差別や搾取には不満が鬱積していた。

・そんな中、日本が掲げた「アジア人のためのアジア」という理念は真実でなかったかもしれないが、自力で近代化に成功した日本が白人支配に力で立ち向かった現実によってアジアが刺激され、支配構造が揺らぐ事を欧米は怖れた。

・白人支配に挑戦した日本を徹底的に断罪する為に東京裁判が行われ「国際社会への侵略の罪」が問われた。たしかに日本の侵略は間違いであったが、植民地の獲得や力の行使が国際社会に対する犯罪ならば、欧米各国が過去に行ったことは何か?その結果として保有する植民地を手放さなかったのは何故か?
米国は北米大陸原住民を殺戮し、メキシコを侵略しスペインの領土を奪いフィリピンを植民地化した。

・しかし結局、アジアにおける植民地支配は日本の行動により修復不能なほど破壊されて終わりを告げた。
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・米国は「ヒロシマ」を国家イメージに対する重大な脅威と見ている。
米国内でも、原爆投下時に良心の呵責を感じた国民が相当数居たし、各国で多くの知識人が「ヒロシマは正当化できたとしても、ナガサキは無理だ」と考えている。ただ、最強国アメリカを糾弾してもどうしようもない(日本にとっても同様)だから黙っているだけ。

・そのため、原爆投下に関して(あるいは、その他の他民族殺戮に関して)徹底的に自己弁護し正当化する。「菊と刀」も、日本人を貶める事でその一翼を担った創作物であり、学問的文献とはいえない。
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本書は、「日本は恥の文化であり、日本人は良心や罪の意識を持たない」と断じて日本人のイメージに大きな負の影響を与えた「菊と刀」の正体を、

日本の都市を無差別爆撃し、核兵器を使用して数十万人の非戦闘員を殺戮した米国の罪を隠蔽し、日本はかくも「悪」であって正義は我にあると主張するための政治的プロパガンダ

と結論付けています。

自分の戦争行動を正当化するため、他国を「悪」に仕立てる(最近では「悪の枢軸」などと呼んだりしますね)、そのためにマスコミや御用学者を通じて宣伝、洗脳、情報戦を展開する・・嘘をつくのを恥ずかしく感じる日本人にはどうにも不得手なやり口ですが、欧米だけでなく「嘘も百箇所で百回言えば本当になる」と考える中国も含め、残念ながらこれが世界の現実です。

我々は、情報に対する感度を磨き、言われた事を簡単に鵜呑みにしない知力を鍛えましょう。

読むべし!




posted by 武道JAPAN at 00:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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