2010年04月30日

皇軍兵士の日常生活 一ノ瀬 俊也

著者は歴史学者。埼玉大学准教授。専門は日本近現代史、とくに軍事史・社会史。

近年、続く不況と格差定着のためか一部に戦争待望論まで出ていると聞きます。戦争でも起こって全てがご破算になれば浮かぶ瀬もあるかも・・という事なのでしょう。そこまで来てしまっているのかと思います。
アカデミズムの側からも、戦争が社会システムを一変させ富を平準化したためその後の経済成長が導かれたとする論が現れて概ね支持されているようですし、一部保守層にはニート対策に徴兵制や徴農制を考える向きもあります。

本書は、上の状況を踏まえ、果たして戦争によるガラガラポンは(皆が等しく貧しくなるとしても)格差を打破し平等を実現するのか?兵士として生きることや、それを支える国家のシステムは、兵や周囲の人々にどんな不公平を齎したのか?といった点を検証します。

●鉄の軍規を誇った皇軍の実態

- 捕虜に向かって刺突訓練をさせるなど、兵同士あるいは上官と部下の間で、互いに誰が勇気があるか臆病でないかを監視しあう事で秩序が保たれていた。私的制裁も横行した。
- 沖縄戦において、個人の勇怯が意味を成さないほどの圧倒的な火力に遭遇すると規律は崩壊した。

●徴兵前後の意外な現実

- 病気等に見せかけて徴兵逃れを企てる者が相当数いた。
- 平時の軍隊生活は、厳しいものの任期が終われば帰れるという前提があるためか意外に明るく牧歌的な面もあった。
- 厭戦気分が広がると前線への慰問品や手紙は急減した。兵士の士気に関わるため、軍はそれらを送るよう国民に働きかけた。

●兵士や遺族を取り巻く様々な「格差」

- 軍隊内での昇進や待遇は、学力や出身階級で差がついた。
- 食事の量は指揮官と兵では違っていたが、兵同士は悪平等に同じで体格の良いものほど飢えた。
- 大企業の社員は従軍中も家族に給与が支払われたが、中小企業や農家には何の保障もなく国家も救済しようとしなかった(大企業も戦争長期化とともに支払いを止めた)。
- 兵士が帰還すると、戦争に行かなかった同僚は昇進していた。
- 戦争初期において、軍は遺族を含む社会に対して気を使った。戦死した兵は可能な限り丁重に弔い、果敢に戦い名誉の死を遂げたとする死亡報告(殆どは作文であった)が部隊の責任者から詳しく送られた。
しかし戦局が悪化すると美麗な作文は失せ、負傷の上2日間も仲間に担がれながら歩き最後は置き去りにされた等、遺族にとって耐え難い報告書が事務的に送られた。
- 敗戦によって、兵の生死を追跡すべき軍が解体すると、もはや残された者たちは出征した自分の肉親がいつどこで死んだのか、あるいは生きているのかすら判らなくなった。
- 戦後は、確認困難により根拠の不明確な死亡通知が発行され、担当する役所が確認作業を放棄していった。

これらを見て判る事が幾つかあります。

・戦争によるガラガラポンは、たぶん弱者が負ける賭けだ
・国家が、担うべき保障を企業に担保させ弱者を救済していない
・官僚や役所は、引き受けるべき責任を放棄して個人にしわ寄せする

近年の「派遣切り」や「消えた年金問題」と重ねて考えると、我々の社会は65年前から実は変わっていないのでは?と思います。
戦後に移植された”民主主義”というものが、本当には機能していないのではないか?いや、この国は民主主義なんて本当には信じていない?それとも「政府」あるいは官僚機構を伴なう「国家」というものが信用されていないのでしょうか?その割に日本人は、日本人がたくさん集まって作り出しているこの日本という”場”を信じているように見えます。

戦争という異常は、日常の延長から気付かぬうちに繋がっているのかもしれない。

読むべし!




posted by 武道JAPAN at 23:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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