2009年12月06日

坂の上の雲 司馬遼太郎

読んだのはもう随分前になるけれど、ちょうど先週からNHKでスペシャルドラマの放送が始まったので記録のため。
→ NHK スペシャルドラマ 坂の上の雲

原作は、1968〜72年にかけて産経新聞に連載された小説。

近代国家として生まれたばかりの明治日本。その時代を生きた伊予松山出身の秋山好古、真之兄弟と正岡子規を中心に物語は始まるが・・・
やがて好古が陸軍、真之は海軍、正岡子規は文学の道へと別れて行き、子規の死後は秋山兄弟を軸に乃木希典や東郷平八郎、児玉源太郎らを加えて「小説版日露戦争」となっていくにつれ、もう引き返すことはできない流れにハマって夢中で読み進んだ。

国家予算の半分が軍事費というムチャクチャに何年も耐えて海軍を建設したり、日露戦争を始めるお金が無くて戦費のほとんどを外債でつないだり・・まあ今では想像もできないほど貧乏で、中小企業のように小さな所帯の我が日本国。。

・・頑張ったよなあ〜(つくづく感心)。。

好古や真之が軍人になったのだって、「兵学校なら授業料タダ」という、ほぼそれだけが理由。

背伸びして背伸びして、懸命に登っていけば、あの坂の上に見える白い雲にいつか手が届く・・
そう思って生きた明治の人々にすっかりイレコンデ、旅順攻撃(二百三高地)の無能な作戦によって兵達が次々と命を落としてゆくさまに泣けるほど腹が立って・・最後はバルチック艦隊との日本海決戦!

文庫本全八巻。本当に楽しませて貰いました。ああ、懸命に生きた人間達の姿は切なくて、いとおしい!
まだ読んだ事のない人には絶対オススメ。せめてドラマは見たほうが良い。

以下に、いろいろ考えさせられた事どもを ―
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国家にも揺籃期、成長期、成熟期、衰退期・・といったサイクルがある。明治日本は、国全体がまだ頬に赤みの残る青年のようだ。
日露戦争の勝利は、帝政末期の老ロシアに、せいいっぱいの背伸びをして懸命に、懸命に生きようとしていた青年日本がうち勝ったという事か。
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明治の軍と、昭和の軍では何が違ってしまったのか?明治海軍は、実に合理的に工夫をし、知恵を絞って新しい戦術を作り出している。それが昭和になるとなぜ「特攻」のような命の無駄遣いになってしまうのか。
日露戦争の勝利後、陸軍は不都合な真実を国民に知らせず隠蔽し、日本は神秘的な強国であると子供達に教育した。その子供らが昭和の軍人となって無謀な戦争に突入していった。
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海軍を建設した山本権兵衛は藩閥を否定して能力主義を徹底し、陸軍のオーナーたる山県有朋は派閥に配慮して能力を二の次にする政治を行った。その結果が、同じ民族とは思えぬほどの陸海軍の結果に出ている。
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諜報の重要性。陸海軍の奮闘の向こうで、明石元二郎大佐が単身ヨーロッパに渡り、反帝政陣営に資金を渡してロシア革命を背後から支援するなどという大胆な活動を行っている。この大胆さと知略を、日本はどこで失ったか。
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外交と世論形成の重要性。当時、ロシアによって苦しめられている国は多く、存亡をかけて立ち上がった日本を応援する向きがあった。国際社会において仲間を作ることは大事。日英同盟があったため、ロシアバルチック艦隊は長い航海中、英国にさんざん妨害をされた。
また、当時世界の情報網たるロイター通信とタイムズを握っていた英国が、ロシアの形勢不利と報道することで国際世論が日本の勝利を後押しした。
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・・・と、まあ考察は抜きにして。
全八巻という長さがまったく苦にならない物語世界を堪能できます。明治のニッポンこんなに懸命に頑張ったんだ!と胸を熱くすること保証つきです。

読むべし!読むべし!!




posted by 武道JAPAN at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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