本書は、「100年に一度の経済危機」を受けて口述で書き起こされ緊急出版された、との事。そのためか、とても平易な文体で現在の世界が直面する危機を判りやすく概観し、分析と対処法を論じています。
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まず序章で、冷戦終結から今日までの「新・危機の20年」を、アメリカの独善的な「単極主義」と、自由放任経済の「新自由主義」が登場し・退場した期間と位置づける。
その上で、第1章では、当面の危機と大破局をどう防ぐか?について、1930年代恐慌との比較を行い、保護主義の台頭を警戒する。
30年代に、危機が経済領域にとどまらず第2次大戦にまで拡大した原因を、「中心」「周縁」という国家理論にあてはめて考察し、安定した経済基盤を保有していた「持てる国」(米英)が保護主義に走った結果、懸命にキャッチアップしようとしていた「持たざる国」(日独)に致命的な打撃を与えたこと・その結果、軍事力に訴えてでも世界秩序を変革し状況を打破しなければならない「生存圏確保」の状況に、これらの国を追い詰めた点などを指摘する。
翻って、現在の危機において危険を誘発しそうな「持たざる国」はどこか?筆者は、未だ経済、社会基盤の脆弱な中国・ロシア・インド・イランの名を挙げる。
第2章では、危機を克服できた後の長期の趨勢を観測する。
アンガス・マディソン(グローニンゲン大学教授)が過去の世界経済成長を推計したデータによると
・1820年ごろ 世界のGDPの48.9%を中国とインドで占める
・1970年ごろ 西欧とアメリカで47.7% 中国・インドは7.7%
・2030年ごろ 西欧とアメリカで20.3% 中国・インドは34.1%
となっており、19世紀の大国であった中国・インドのシェアが21世紀に復活する。
GDPは「一人当たりの生産効率×人口」で総生産が決まるため、産業革命による技術革新が200年かかって世界に普及し終わると、欧米の先行者利益が消えて人口の多い国がGDPで勝る・・という結論を導き、これからの世界で中国とインドがふたたび大国となると予想する。
そして、21世紀の多極世界は、経済の相互依存性や軍事力の意味の変化により、過去の多極時代ほど不安定にはならないだろうとしつつも、国際的なテロ組織など「非国家主体」からの脅威も含め、「用心するに越したことはない世界」と結論付けている。
第3章では、新しい世界システムを動かすパワーとして、ジョセフ・ナイの「ソフトパワー」(政治力、文化的影響力などの魅力を通じて他を動かす力)を再考し、多極化する世界においては他を説得できる「陳述能力」が重要になるとする。
第4章では、以下のような観点から、覇権国の地位を手放した後も世界の中でリーダーシップを発揮できる国は、やはりアメリカしかないと論ずる。
・世界の41%を占める軍事費(中国は20%)と軍事行動の圧倒的な経験値の豊富さ
・ノーベル賞学者がもっとも多く活躍している
・世界ランキング上位の大学は全てアメリカにある(上位20校中13校)
第5章で冷戦後20年のアジアを見渡し、歴史的な平和と繁栄を達成した東アジアの成功と、いまだ不確定要素をはらむ南アジアを見た後に、アジアと日本のみならず世界にとっても、「中国を国際協調的で・安定した・繁栄国として軟着陸させること」が最重要課題であるとする。中国に対するアプローチは以下の通り。
・国際的な枠組みに入れ、大国としての責任を持ってもらう
・米中関係を良好なものとする
・日中関係を友好的なものとする
・中国の冒険心を抑えるため日米同盟を堅持する
また、今後かなり長い期間「核を保有した北朝鮮」という現実に対処しなければならない状況を踏まえ、「集団的自衛権の行使は可能」という解釈に変更すべきとする。
最後に、これからの世界で日本が果たしうる役割と、そのために必要な仕組みについて以下の通り。
・日本は中国と韓国以外ほとんどのアジア諸国から「世界に良い影響を与えている」と評価されている→陳述能力が高い(信頼感がある)
・先進的な科学技術があり、公害や省エネ・高齢化など、今後全ての国が直面する課題を最先端で克服してきたノウハウがある
・これらのリソースを一元化するために縦割りの制度を改革する必要がある
・長期に安定した政権が必要
・他国との渉外を政治家だけに任せるのではなく、各分野の専門家を積極的に登用すべし
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「東大の先生が書いた本」と言って敬遠する必要はありません。ものすごく読みやすいです。
特に、現下の経済危機を引き起こした近い過去の歴史をとても判りやすくまとめています。
読むべし!
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