文章は読みやすく、実証実験を交えて丁寧に論証していて説得力があり、日本社会の現在位置と未来への指針を提示していて参考になります。
著者は、社会の形態に「安心社会」と「信頼社会」の2種類があると言います。
●「安心社会」=社会の秩序維持に重点を置く。統治の倫理重視。
・外部との交渉を極端に制限した閉鎖社会
・身内だけで助け合い、また監視しあう。よそ者は、基本的に信用しない
・身内の裏切りや不正を厳しく罰する仕組みがあり、正直で居るしかない
・その仕組みが安心を保障するため、構成員は互いを信頼するかしないか考える必要がない
・内部の人間関係が重要なため、「空気を読む」能力が発達する
・構成員は、正直で誠実で自己主張を控えた態度をデフォルトとする
・普段暮らす社会を離れた場所では「旅の恥はかき捨て」になる
(これは例えば、古い日本の農村や、鉄の掟で結束したマフィアの社会?)
●「信頼社会」=社会の発展やダイナミズムを重視する。市場の倫理重視。
・外部に開いており、交易などの機会を積極的に活用する
・よそ者であっても「人は基本的に信頼できる」と考える
・見知らぬ者との接触にはリスクも伴うが、チャンスも大きいと考える
・相手が信頼できるかどうか見分ける能力が発達する
・民法や裁判所など、「身内の仕組み」以上のインフラが発達する
(こちらは、アメリカ型?あるいは地中海貿易で栄えたジェノヴァ商人)
ちなみに、どちらの社会が良い悪いという事ではなく、例えば戦後日本の驚異的な発展は「終身雇用」「年功序列」の「安心社会」で、一丸となって結束した成果であるとの事。「安心社会」は、秩序維持に掛かるコストがとても低くてすむ反面、急激な環境の変化に弱い。
面白いのは、一般的に言われている「正直で控え目で真面目」な日本人の特徴は、決して日本人古来のものではなく、上記「安心社会」に適応して生きてゆくうちに身に付けた戦略であるという点。日本人でも、アメリカ型「信頼社会」に暮らせば、違った性質を帯びるようになるという。
また日本人は、アメリカ人よりも他者に対する「信頼感」は低い。なぜなら、信頼できるかどうか判断する必要のない「安心社会」に暮らしてきたため、社会のワクを取り払って個人になってみると、そういう結果が出る・・といった意外な話を、様々な実験の結果から見せてくれます。
特に傾聴すべきなのは、現在の日本が「安心社会」から「信頼社会」への移行期に差し掛かっており、これまで社会の「安心」を担保した仕組みが崩れてきているのにも関わらず、新たな「信頼」システムができていないために様々な混乱が起きているとする指摘です。
これを「道徳教育」や「武士道精神の復活」で何とかしようとするのは、グローバル化が止められない現実の中で去り行く「安心社会」を立て直そうとする無益な議論であり、一刻も早く「信頼社会」の構築を目指すべき、と著者は説き、そのために武士道ではなく「商人道」の復権を挙げています。
反対に、絶対にしてはいけない事は「武士道(統治者の倫理)」と「商人道(市場の倫理)」を、区別なく混ぜてしまう事。たしかに「商人のような政治家」など最悪ですね。
すごく読み易いのに、斬新な視点を与えてくれる一冊です。