2010年05月30日

下流志向 ─ 学ばない子どもたち、働かない若者たち 内田樹

昨年「日本辺境論」がベストセラーになった内田樹さんの2005年の講演をベースにして2007年に出版された本。

学級崩壊やニート問題を探求したものですが、統計・分析や対策・提言等ではなく思索的な内容です。自分の子供がニート化して困っている人が解決策を求めて読むという本ではありませんが、思いもかけない視点を与えてくれました。
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1980〜90年代を境に、どうやら「新しい日本人」が出現している。

●視界の中に意味の判らないものが存在しても気にしない人間

大学生がレポートに「無純(矛盾のこと)」「精心(精神のこと)」と書く。本を読まないから、ではない。この程度の漢字はマンガや雑誌にも出てくる。そこで、ファッション誌の1ページをコピーし、意味の判らない言葉にマーカーで線をひいてもらったら膨大に印が付いた。つまり意味が判らないで読んでいるが、どうもそれを気にしていない。雑誌でこれなら、新聞の経済や外交欄は意味不明であろう。

かつては、意味を知らないと気になり勉強した。世界に穴があると不快なため、埋めようとするのが普通だった。今は、意味の解らないものは平気で読み飛ばす。世界が「意味の穴だらけ」でも気にしない。穴が膨大にあるため、新しい穴が増えても関係ない。

●消費者として幼児期に自己確立する人間

かつて子供は、初めて社会に参加するときは「働き手として」だった。親の手伝いや兄弟の面倒をみることで社会(家庭)に参加し、能力や貢献を認められて自己承認を得た。そこでは、成果を手に入れる(一人前と認められる)までに努力や時間や成長が必要であった。

ある時から、初めての社会参加を「消費者として」体験する子供が増えている。コンビニでお金を払えば子供でも大人と同様に商品が手に入り、「ありがとうございました」と言われる。この原初体験は大きい。「働き手として」4才の子どもが大人同様の存在意義を発揮するのは不可能であるが、「消費者として」金銭を支払えば、子供でも大人と同等に扱われる。こうして、消費者として自己確立を早期に完了してしまった子供が出現する。

消費者の論理は、等価交換無時間性である。差出したものと「等価の見返り」を「即座に」要求する。この論理が、学校や職場に持ち込まれている。

子供は、消費者として学びに参加し、「それを学ぶと何の役に立つんですか?(=学習に耐えるという苦痛を支払えば、何が貰えるんですか?)」と質問する。これでは学びが成立しない。なぜなら、「学ぶこと」は消費の論理で説明できないからだ。

支払いに見合った対価(しかも、子供にも理解できるような対価)が貰える保証がないと判断すると、子供たちは学ぶ事をやめてしまう。捨て値で、未来を売り払ってしまう。

しかも、消費者(買い手)として学びに参加するため、できるだけ有利な取引を得ようとして「あんたの差し出す商品には全然興味ないよ」というポーズをとる。授業に興味がある素振りなど絶対に見せてはいけない。こうして子供たちは自ら学ぶ権利を放棄してゆく。

無時間性を要求すれば労働も対価に見合わない。どこの会社でも、最初から重要で報酬の高い仕事は任せてもらえない。努力に比して報酬は後から付いてくる。しかし、消費者としての論理は「等価の見返り」を「即座に」求める。それが実現されないと労働を「割に合わない」と判断してニート化する。

●不快という貨幣

子供達は学校で「授業」と「貨幣」を交換するわけでない。自分の「不快感」を貨幣に読み替えて、授業と等価交換しようとする。「授業時間の苦役に耐える不快さ」と「授業」を天秤に載せ、少しでも有利な取引を求めて自分の不快さを高く売りつける。この「不快貨幣」の起源はおそらく家庭にある。

かつての狩猟時代や給料袋があった頃には、家産への貢献が獲物の肉や現金という形で家族全員に認識できた。
それらが消えた現代日本の家庭では、父親が夜毎持ち帰る疲労感が記号として流通している。疲れた父親は家族とのコミュニケーションを断って不機嫌さを表現し、母親も、そんな父親の存在に耐えることで不快さを主張する。「不快」を多く持っているものほど家庭の中で権利を獲得できる構造のため、家族全員が他のメンバーに対する不快さを競ってしまう。

●学びの本質

学び始める時点で、その学びによって将来何が得られるかは判らない。判るときには学びを終えている。つまり「それを学ぶと何の役に立つんですか?」という問いに対しては「答えはない」というのが正解。
学ぶとは、現在の自分の価値判断をカッコに入れ、何が得られるか今の自分には判らないものに向かってゆくこと。この本質がわかった人間は、どんな事も学んでゆける。

●リスク社会と自己責任

一生懸命勉強すれば良い仕事が保証された時代が終わり、努力が報われるとは限らない「リスク社会」が訪れた。しかし、努力が無用になった訳ではなく、一番リスクを回避できているのは依然として努力している人々である。そこでは、努力の意味を信じられるか否かが重要となる。

親が高学歴であり成功している家庭の子供は努力の成果を信じやすいが、低学歴で「学歴なんか役に立たない」という親元で育った子供は努力の重要性を信じにくい。親の経済格差以外に、この作用があると思われる。

政府が主導して、リスクの選択と結果を個人が引き受ける「自己責任」イデオロギーを普及させている。

リスクを引き受けて生きることは強者にしかできない。しかし現実世界での強者たる有力政治家・高級官僚・資産家一族などは閨閥を組み、セーフティネットを構成している。反面、弱者である一般庶民にはリスクから保護してくれるセーフティネットはない。

かつては貧乏人にも親族兄弟や迷惑を掛け合う友人などのセーフティネットがあった。失業しても親戚の家に転がり込み、仕度を整えて出直せた。しかし、リスク社会となり、全ては個人の責任に帰結され、下層市民同士のネットワークが絶たれた結果、リストラされると即ホームレスになるという現象が現れた。

個人の責任でリスクを取って生きる・・というのは、強者が弱者に押し付ける生き方(というか死に方)である。そこでは、個人の自立というより、バラバラになった個人の孤立が起こっている。

セーフティネットが消えたリスク社会において責任と結果だけが個人に押し付けられ、リスクを回避する方法は誰も提示しない。

国家としてもリスクヘッジの考え方を失っている。60年以上も戦争をしていない為、「致命的なリスク」を回避する思考や外交政策が無い。これは大変に危険な事である。

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・・と、非常に刺激的な内容です。

解決策が提示されていないのは残念ですが、国家の力をもってしても市場と資本の力を止められない以上、簡単な解決策など存在しないでしょう。
しかし、子供を育てる過程で親が留意すべき点を学べたと思います。

●子供に社会参加させるべし

「消費者」として自己確立させるのではなく「働き手」として最初の自己承認の機会を与える。子供にとっての最初の社会は家庭であるので、お手伝いを命じて家事に参加させ、できたら褒める。昔の家庭が当たり前におこなっていた事。

●親(主に父親)は不機嫌さを家庭に持ち帰らない

「不快貨幣」を流通させ、家族全員がお互いを不愉快さで排斥しあう家庭など言語道断。家庭のあるべき姿とまさに正反対です。肝に銘じましょう。


まるごと「その通り」かどうかは慎重な判断が必要ですが、とても示唆に富む視点を与えてくれます。単純に言って面白いです!

読むべし!





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2010年05月23日

「恥の文化」という神話 長野晃子

戦後すぐに発表され、日本と日本人を詳細に分析したとされるルース・ベネディクトの「菊と刀〜日本文化の型」は、「西洋は罪の文化・日本は恥の文化」と規定して有名になり、今に至るまで評価が高い著作です。
しかし本書では、「菊と刀」が文化人類学の精華などではなく、米国の国益とベネディクト個人の利得が絡んで作り上げられた「学問の装いを凝らした政治的プロパガンダ」であることを丹念に暴いていきます。

「菊と刀」は、「西洋ではキリスト教による神と罪の概念によって個人の中に道徳心が宿っているが、日本は他者からの評価を気にする恥の文化であるため誰も見ていないところでは容易に堕落する」と説きます。
たしかに、強力な一神教に支配されていない日本人は「罪ではなく恥の文化」と呼ぶにふさわしい側面があるでしょう。しかし、文明、民族としての”日本”に罪の意識が欠如しているとか、日本人は道徳的に劣っているから米国は日本に教育を施さなくてはならない、などと主張されれば「ちょっと待て」となります。いったい、道徳心や罪の意識を持たない民族などいるのでしょうか?

貿易商社の仕事を通じてガイジンの実態を見慣れている自分にとっては、契約書に書いてさえなければ(時には書いてあっても)平気で約束を破る西洋人や、真顔で眼を見て嘘をつく中国人よりも、よほど日本人に道徳心を感じます。もちろん、どの民族国民にも善人悪人はいますが。

一度も日本でフィールドワークをしなかったベネディクトが、わずか1年で書き上げた「菊と刀」の正体とは?以下メモ。

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・「菊と刀」には、1942年にジャーナリストのヒュー・バイアスが著してベストセラーになった「敵国日本」と多大な類似点がある。

・ベネディクトは「コロンビア大教授」と紹介されるが、1931年に助教授になってからは教授昇進の見通しは暗く、引き立ててくれた上司が去るなど大学での立場は安定しなかった。生活基盤安定のため1943年に戦時情報局に雇われ、45年の終戦直後、国務省にレポート「日本人の行動パターン」を提出したがあまり取り上げられていない。その後、大学に1年間の休学届けを出し「菊と刀」を書いて注目され、1948年7月(夏休み直前)に念願の教授職を得たが、2ヵ月後の9月に死去している。

・「日本人の行動パターン」でベネディクト自身が「戦時中の特異な状況における」日本人の行動特性としていたものを、「菊と刀」では「普遍的な日本人一般の」特性に言い換えている。

・ベネディクト自身、教え子達に「菊と刀」はあまり読まないようにと指導していた。
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・1870年〜第一次世界大戦ころは、世界各国で「伝統」が創作された。
国民を統合し、激化する国家間競争に勝利するため、各国は「いにしえ」に起源を持つかに見える道具立てを探し出し、国旗、国歌、軍服や国教を定めていった。

・日本が開国した時、すでに欧米諸国によって世界は分割され植民地化されていた。遅れて工業化した日本とドイツに残されたパイはなかった。一方、アジアの植民地各国において白人の傲慢な人種差別や搾取には不満が鬱積していた。

・そんな中、日本が掲げた「アジア人のためのアジア」という理念は真実でなかったかもしれないが、自力で近代化に成功した日本が白人支配に力で立ち向かった現実によってアジアが刺激され、支配構造が揺らぐ事を欧米は怖れた。

・白人支配に挑戦した日本を徹底的に断罪する為に東京裁判が行われ「国際社会への侵略の罪」が問われた。たしかに日本の侵略は間違いであったが、植民地の獲得や力の行使が国際社会に対する犯罪ならば、欧米各国が過去に行ったことは何か?その結果として保有する植民地を手放さなかったのは何故か?
米国は北米大陸原住民を殺戮し、メキシコを侵略しスペインの領土を奪いフィリピンを植民地化した。

・しかし結局、アジアにおける植民地支配は日本の行動により修復不能なほど破壊されて終わりを告げた。
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・米国は「ヒロシマ」を国家イメージに対する重大な脅威と見ている。
米国内でも、原爆投下時に良心の呵責を感じた国民が相当数居たし、各国で多くの知識人が「ヒロシマは正当化できたとしても、ナガサキは無理だ」と考えている。ただ、最強国アメリカを糾弾してもどうしようもない(日本にとっても同様)だから黙っているだけ。

・そのため、原爆投下に関して(あるいは、その他の他民族殺戮に関して)徹底的に自己弁護し正当化する。「菊と刀」も、日本人を貶める事でその一翼を担った創作物であり、学問的文献とはいえない。
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本書は、「日本は恥の文化であり、日本人は良心や罪の意識を持たない」と断じて日本人のイメージに大きな負の影響を与えた「菊と刀」の正体を、

日本の都市を無差別爆撃し、核兵器を使用して数十万人の非戦闘員を殺戮した米国の罪を隠蔽し、日本はかくも「悪」であって正義は我にあると主張するための政治的プロパガンダ

と結論付けています。

自分の戦争行動を正当化するため、他国を「悪」に仕立てる(最近では「悪の枢軸」などと呼んだりしますね)、そのためにマスコミや御用学者を通じて宣伝、洗脳、情報戦を展開する・・嘘をつくのを恥ずかしく感じる日本人にはどうにも不得手なやり口ですが、欧米だけでなく「嘘も百箇所で百回言えば本当になる」と考える中国も含め、残念ながらこれが世界の現実です。

我々は、情報に対する感度を磨き、言われた事を簡単に鵜呑みにしない知力を鍛えましょう。

読むべし!


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2010年05月16日

驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子

このタイトルで、表紙には鎧兜の写真。過激に見えますが、むしろ淡々とキレイゴト抜きで歴史を語っており、多くの人に読んでもらいたい一冊です。

著者は、京都に生まれ、長くドイツで活動し現在は米国在住の学者・評論家。本書は、ドイツで1989年に発表され、日本語に翻訳して2005年に出版されたとのこと。

大多数の日本人は、西欧で生まれた「進んだ」文明が、「遅れた」アジア・日本に伝播し、日本が「文明」開花したと考えているでしょう。それは一面においては真実ですが、では「文明」とは何でしょうか?

西郷隆盛は「文明とは道の普く行はるるを賞賛せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず(文明とは広く道義の行われることであり物質的な華美ではない)」と述べ、「西洋は野蛮」と切って捨てました。

鎖国時代の300年近く、国内を平和に治め、教育と安定した生活が全土に行き渡り、省エネルギーでエコロジカルな循環社会を築いて、芸術芸能を発展させていた日本文明のなにが「遅れて」いたと言えるのでしょうか?

本書では、近代史を自分達に都合の良いお伽話に仕立て、心の底に「我々こそが近代文明のリーダーであり、世界に福音をもたらしてやった」との傲慢さを隠し持っている白人の幻想を真っ向から否定する挑戦の書です。以下メモ。

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●豊かで平和だった日本

・多くの国が開発援助を受けながら思うように自立できない。日本は明治維新後、ODAも世界銀行も国連もなく、あるのは弱肉強食の植民地主義列強だけという時代に、自国の費用で外国人技術者を招聘し、留学生を派遣して学んだ。

・日本の成功には江戸期以来の・教育の普及・手工業の伝統・市場や交通インフラの整備・資本の蓄積・贅沢をせず事業に投資する資本家、という背景があった。当時、日本ほど国民の識字率が高く、工芸が発達し、全国にあまねく安全な陸路や航路が普及していた国は見当たらない。成功する為の下地があった。

・工業の発達には公平な冨の分配が必要。市民が貧しく買い手がいなければ工業も商業も発展しようがない。日本は古来より、激しい貧富の差が社会不安の元と理解しており、冨の極端な集中を排除してきた。サムライ達は裕福ではなかったし、現在も社長と社員の給与格差は小さい。
冨が公平に分配されてきた為、日本では暴動や革命が少なく社会は安定していた。革命がなかった事を指して「日本人にはダイナミズムが足りない」とする批判があるが大きな間違い。日本には、革命に訴えるべき圧制自体がなかった。

・日本の農民には(西欧の農奴と違い)村単位での自治があり、寄り合い(議会)があり、代表者が藩(徴税者)と年貢(納税額)について話し合って決めていた。「一揆」とは、話し合いが難航した際の団体交渉であり、例外を除いて暴力行為ではなかった。自主的に新田を開拓した場合には長期間の免税も認められた。

移住は禁じられたが、移動(旅行)は自由で、届け出をして通行手形を貰い、他藩の農業情勢視察などが盛んに行われた。天候が安定して豊作が確実な年などは、多数のお伊勢参りが見られた。このように、西欧のような圧政がなく高度な自治が許されていて村単位の結束が強かった。

戸籍管理や新田開発のための測量なども村で行い、そのために寺子屋を設けて読み書き算盤を教育した。全国で15000以上の寺子屋があり、識字率は70%以上。当時の欧州諸国は50%以下。
ちなみに日本で「大学」が設置されたのは奈良時代の701年。

・通信網も完備されており、全国どこへでも信頼して飛脚便が出せた。これを利用して通信教育の制度もあった。英国で郵便制度が確立したのは、明治維新直前の1860年。

・度量衡や輸送の梱包形態・畳や建具の規格も全国的に統一されていた。家屋の新築・補修時にどこから畳や戸板を持ってきてもすぐに使えた。

・銀行(両替商)も完備されており、1720年には既に大阪で米の先物相場があった。

・図書館(貸し本屋)があり、@娯楽作品Aハウツー物(起業の方法や健康法など)の人気が高かった。(現代と同じである)

・平和が保たれ、国民の勤労意欲が高く、市場が発達したため競争は激しかった。常時供給過剰気味でデフレギャップに晒されていた。(現代と同じである)
西欧のように売ってやる・買わせて頂くではなく、買ってやる・売らせて頂くであった。当然、品質とサービスは大いに磨かれた。(現代と同じである)

・政治も、商工業や寺社・農村に多大な自治を与えた。支配階級は権力の分散を図り、合議制を旨とした。権力と冨を独り占めにする西欧の支配階級とは正反対で「欧州では考えられない事だが、日本という国は数千万という国民からこよなく愛されている」

・戦後、占領軍によって「農地解放」が行われた際、「大地主による農地の独占は何百年も続いた日本の悪しき伝統」と言われたが、全くの間違い。日本の伝統では土地には所有権がなく、共有の財産として大切にされていた。西欧流の所有権概念が導入された途端に、公共財であった土地が投機の対象となってしまい寡占化が進んだ。

・西欧では産業革命、市民革命を成し遂げるのに多くの手枷足枷(キリスト教会の支配・支配者階級の圧制など)を振りほどく必要があった。日本には振りほどくべき抑圧がなく、商業・工業・教育・市場などのインフラが既にあったため、西欧が何百年もかけて成し遂げた成果を数十年で吸収できた。

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●貧しく野蛮な西洋

・当時、オリエントとの貿易はアラブ商人を通じて行っていたが、東洋からの香辛料・工芸品・絹などに対して、肥沃な土地が少なく産物に恵まれない西洋には交換すべき商品がなかった。それでもアジアの産物を求める西ヨーロッパ人は、スラブ人を捉えて商品として売った。これがスレイブ(奴隷)の語源になった。

・陸路のアラブ商人を中抜きし、直接アジアに進出するために西欧列強の大航海は始まった。探検や知識への情熱とか、文化の普及のためと言うのは全て美しいお伽話で、実態は欲得のため。
(中国人の鄭和も遠くアフリカまで大航海をしているが、豊かだった中国には交易も植民地も必要なく引き返している。探検や知識への情熱というなら彼の行動のほうがふさわしい。)

・アジアとの直接交易が始まっても、西洋に魅力的な商品はなく貿易は赤字。すると武力で制圧して相手国の産業を破壊し、本国への原料供給地に変えてしまう。挙句の果てに大英帝国は、インドで作ったアヘンを中国に密貿易して黒字化し(麻薬取引を国家ぐるみでやっているのである)中国がこれに抗議すると武力でねじふせた(アヘン戦争)。
この際には、マスコミを上手く使って世論を形成し、自分達に戦争の大義があるかのように操作していった。(現代と同じである)
この様子を最も注視していたのが江戸幕府であり、当然、開国には慎重であった。

・日本が開国したとき、金と銀の交換比率は国内1対5に対し、世界標準では1対15である事を幕府は知らなかった。これなら、日本に銀を持ち込めば通常の3倍の金が手に入り、それを持ち出して銀に換え、また日本に持ち込めばさらに3倍になる。
たちまち「ゴールドラッシュ」が起こり、世界中からロクデナシが殺到して日本中で殺傷沙汰を起こしたが、治外法権により幕府は取り締まることができなかった。日本の冨はあっというまに流出し、幕府は成す術もなく機能不全に陥り、庶民の暮らしは困窮に見舞われた。

・日本では労働力が過剰なため、多くの人が仕事を分け合い複雑で階層の多い流通機構ができた。関税権を持たない不平等条約の下で開国し外国製品が流れ込んでくると、関税をかけられない代わりに流通機構の中で調節して抵抗した。

・外国は居留地に駐屯軍を置き、盛んに演習をして軍事力を見せ付けた。大名行列を妨害した騎馬の英国人を薩摩藩士が切り捨てる生麦事件が起こると、幕府は英国に賠償金10万ポンドを払ったが、さらに英国は鹿児島湾に艦隊を派遣し薩英戦争を起こして鹿児島は焼け野原になった。

・西欧が日本に与えた教訓とは「強くなければならない」であった。ある民族を、長期間継続して辱めると国家主義に走って危険な存在になる。(現代でも同じである)
維新後、日本は富国強兵に邁進する。天皇は中世以来、武器を持たない象徴的存在であったのに、軍服を着て騎乗する勇ましい姿に祭り上げられてしまい、やがて昭和に突入してゆく。

・日本が太平洋戦争に敗れると、こともあろうに西欧から「野蛮な行いを恥じて今後は武器を捨てたまえ」と説教をされた。
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日本人は、世界の中で自分の考えを相手に判るように説明し、異なる意見と冷静に議論するのが今でも苦手です。あうんの呼吸で分かり合える国内と違い、時には強引な自己主張や自己弁護を用いて相手を言いくるめる国際社会では、いつも立ち遅れているように見えます。
しかし、不可避なグローバル化の中で、言論・思想・世論形成による戦いは、今後ますます際立って重要になるでしょう。

本書は、長く海外に暮らして日本の立場を言論によって防衛してきた著者の労作であると同時に、日本人に自信を持ってもらいたくて翻訳されたそうです。これからの時代を生きる日本人に、ぜひ一読をお願いしたい一冊です。

長い鎖国時代に作り出した、エコロジカルで譲り合いの精神が行き渡った日本社会は、これから人口100億にならんとする地球にとって貴重なモデルになるはずです。これからは、全ての国が、限られたスペースと資源の中で生きてゆかなくてはならないのですから。

強烈に推奨!読むべし!!


posted by 武道JAPAN at 18:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月09日

天地明察 沖方丁

戦乱から泰平へと移行しつつある江戸初期。侍の役割も、社会が目指す方向も変わっていくこの時代に、22年の歳月をかけて改暦という一大事業に取り組んだ男がいた。

これは、彼の”幸福な人生”の物語です。

当時、800年前から使われていた「宣明暦」が誤差を生じ改暦の必要があったが、これを行うべき朝廷はすでに天文や算術のテクノロジーを失っていた。そこで、江戸幕府碁方(碁を指南することで幕府に仕える家)出身でありながら、算術・暦法・神道にも通じた若き渋川晴海が抜擢される。
陰の事業発起人は、二代将軍・徳川秀忠の御落胤にして初代会津藩藩主・保科正之。春海を支援するのは、のちの黄門様こと水戸光圀や、江戸幕府大老・酒井忠清をはじめ、和算の開祖であり算術の天才・関孝和、異端の神道家・山崎闇斎などなど。
多彩な登場人物たちとの心震える交流が、渋川春海の人生を賭けた事業と、彼の人間的成長を後押ししてゆきます。

以下に、小説とは知りつつ気付きになった事をメモ。

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歴史が証明している。日本のあらゆる諸勢力が天皇を滅ぼさせない。滅ぶのは逆賊のほう。
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社会システムを大きく変えるようなものは、適用された時の影響を吟味した上で導入しなくてはならない。
・・外国人参政権とか?
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「武というものは、のさばらせれば国を喰らう」(秀吉の朝鮮出兵が、武士に仕事を与え国内の需給ギャップを埋める戦争経済ゆえであることを喝破した保科正之の言)
・・軍需産業が米国を常に新しい戦いに駆り立てるようなものか。
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『「嫁に来てくれないか。いや、まずは気持ちを伝えようと」「婚礼の儀に、気持ちも何もないでしょう」これが武家の常識であった。』
・・かつては、「個」というものが社会においても本人の意識においても現代のようには顕在しておらず、人生が、より大きな社会や家・役割といったもの中に組み込まれていたのだろうなあ。
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「天照大神が世をお治めたもうた要領は以下の3つ。
・己を治め、私をなくす事(為政者の滅私)
・仁恵を重んじて民に施し、民を安んずる事(民生の安定)
・多くを好んで問い、世情を詳しく知ること(世情の把握)」

・・・滅私の政治家って、いまは誰かな?民衆の声は、いま政治に届いているかな?
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吾を欺かざる
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座相は、日々の修練の賜物。座った姿勢に品格や人徳が出る。
・・判る!判るなあ。。道場で相対すれば一目瞭然です。
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戦国の世=侵略阻止・領土拡大・領内治安
太平の世=民の生活向上
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「この国には、実は正しく民を統べる権威が存在せず、いつまた覆るかもしれない」「権威の欠如が真の自由闊達を意味せず、本当に”何もない”のだとしたら?」
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江戸幕府が生まれたとき、人々は過去から未来を包括する新しい世界観を欲し、朱子学がそれに応えた。
・・21世紀の新しい多極化世界で、日本は何を支柱とするのか?まさか”武士道”をそのまま持ち出してくる訳にもいかない。
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天地に真剣勝負を挑んだ渋川春海と、彼を取り巻く様々な人間たちが魅力たっぷりに描かれます。彼らの喜怒哀楽、生きがい、情熱、恋、死別、友情、そして人生を賭けた大勝負!

泣きます、興奮します、引き込まれます、ほのぼのします、そして唸ります。470ページをあっという間に駆け抜けます。一流のエンターテイメント小説です。

本屋大賞2010年、第一位。納得です。

読むべし!

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2010年05月04日

悼む人 天童荒太

芸術は必ずしも真・善・美を表現するとは限らない。ムンクの「叫び」や、ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」を見て愉快な気持ちになる人は居ないだろう。だが出会ったが最後、心に深く喰い込んで忘れることはできない。それが楽しいか否かは別にして。

小説にも、そんな種類の作品がある。

出会ったことを後悔していないし、むしろ感謝しているが、誰にでも気軽に推薦する事はできず語ろうとすると戸惑って口を閉じ、少し俯いてしまうような本だ。最近では、重松清の「疾走」や桜庭一樹「私の男」が挙げられるが、自分の中で筆頭は天童荒太の「永遠の仔」である。

「永遠の仔」は読了後すでに何年も経っている。だが、今でも何か書こうと思えない。自分にとってこの世で最も許せない出来事・・子どもへの虐待・・というテーマを扱っているし、作者が数年越しで命を削るように作り上げた物語の重さがズッシリと心に残っていて、とても自分の文章力で何かを表せるとは思えないからだ。

天童荒太という作家との出会いはそれほど重いものを残したため、その後は、たまたま友人に借りた「包帯クラブ」を読んだ以外は他の著作に手が出ず、昨年「悼む人」が直木賞を取った時も、気にはなっても読むのを先延ばししていた。表紙に「永遠の仔」と同じ、舟越桂さんの彫刻が使われているのも躊躇いを助長したと思う。

・・・

本書は、人が生きる、そのことに対する慈しみを描いた作品だ。

主人公、坂築静人(さかつきしずと)は、日本中の死者を悼む旅を続けている。何か特別な能力を持っているわけではない。宗教的なバックボーンを持って「冥福を祈る」のでもない。あくまで「悼む」のである。それは、死者の人生を可能な限り胸に納め、忘れないでおく行為である。
人が生きている。苦しんだり悲しんだり、憎んだりしながら。それら全てを一言で救済する答えなどない。ただ、その人が生きていた、その人なりの人生を、可能な限り胸にすくい取って「悼む」。そういう旅を続けている。

静人は、死者を悼む時に次の質問をする。

「その人は、誰に愛されていたでしょうか。誰を愛していたでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょうか。」

・・・

旅から戻らぬ主人公を待つ家族・いつしか彼の旅に同行する女性・抵抗しながらも人生の立ち位置を変えてゆく雑誌記者・・3つのストーリーが寄り合わされた先には、人生 〜 生と死 〜 を象徴する完璧なラストシーンが待っている。

何も特別に素晴らしいことがなくても、ただ平和に今日という一日があるなら、我々は既に祝福の中にいるに違いない。

読むべし!(泣)




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