2010年01月28日

それでも、日本人は「戦争」を選んだ 加藤陽子

日本近現代史を専門とする東大教授が、中高生に向けて行った5日間の集中講義を本にまとめたもの。テーマは、日清・日露〜第一次大戦、満洲事変と日中戦争、太平洋戦争まで。

中高生向けの授業といってもレベルを下げたものではなく、むしろ最新の研究成果がふんだんに紹介され充実した内容です。太平洋戦争の原因は日清・日露以来の連続した歴史の中に存在している事が見えてきます。

歴史、特に戦争にまつわるものは、右派 x 左派で解釈が違ったり、悲惨さや感情論が混じってしまいがちですが、本書は資料やデータに基づいてニュートラルで公平な立場をとっていると感じます。日本の侵略を認めたうえで、(決して弁明ではなく)なぜ日本のベスト・アンド・ブライテスト(エリート)達がそのような選択しか取り得なかったのか?を当時の世界情勢に照らして冷静に見てゆきます。

講義を基にしたものなので、文体は語り口調で読みやすいです。目からウロコの事実もあります。以下メモ。

・・・

・戦争の本質は領土や資源の獲得だけではなく、相手国の主権や社会契約に対する攻撃(つまり、憲法や、社会の基本秩序、価値観の改変)を最終目的とする。太平洋戦争でアメリカが日本に加えた根本的な攻撃は国体=天皇制の変容である。

・列強がアジア進出に際して最も重視したのは、通商の自由=つまり経済的利得。そのためには通商上の契約が守られる事が最優先であり、相手国の社会体制はどうでも良かった。華夷秩序というアジアの安定装置は都合が良かったし、日本が欧化して必要な商法、民法を整備できるならそれも具合が良かった。

・日本と中国は、東アジアのリーダーシップをめぐって長い競争をしてきた。軍事衝突はその一側面であり、競争は文化、経済、社会、知やイデオロギーなど多岐に渡る。

・満州事変当時は、日本社会に「喉が渇いても盗んだ水を飲むな」といった古き良き良識が失われていた。また日露戦争と違い、日本が世界に向かって堂々と主張できる正義がなかった。

・中国の外交官・胡適(こてき)の長期戦略「日本切腹、中国介錯(かいしゃく)」論
(日中戦争に関して)中国は米ソの力を借りなければ勝てない。しかし両国とも日本と事を構えたくないので簡単には参戦してこない。そのため、まず中国は開戦から2、3年は負けるが多大な犠牲を覚悟して戦争を継続する。日本は戦線を拡大し、軍は満蒙から南方に移動する。するとソ連は好機が来たと判断する。また、日本の南方展開に対して、植民地を所有する英国その他が脅威を感じ始める。そうなれば最終的に米ソを味方につけ、勝利できる。

・水野広徳−「日本は戦争する資格がない」と主張した軍人
日本は戦争遂行に必要な資源の80%を海外依存する構造であり、持久戦に勝てないため戦争する資格はない。

・多くの人が太平洋戦争の開戦を「明るい戦争」「晴れ晴れとした気持ち」で喜んでいる事が当時の日記や書簡から判る。それは、中国との戦いが暗く、本質的に日本に義のない「弱いものいじめ」である事を多くの日本人が感じており、対アメリカの「強い相手に立ち向かう」戦争に晴れ晴れとした気持ちになったものらしい。

・対アメリカ戦は初めから勝ち目のない無謀な戦争に突入したわけではなく「勝てるとしたら先制攻撃の電撃決着」しかなかった。
日本やドイツのように、技術はあっても資源の乏しい国が、米ソ、中国のように人も資源も潤沢な国と戦うに長期戦は不可能。

・アメリカはなぜ真珠湾に艦隊を置いたままだったのか?
真珠湾は水深12mの浅い湾であり、当時の常識では航空機からの魚雷投下には60mの水深が必要だった(投下された魚雷は一旦60m潜り、そこから浮上して推進する)ため。日本軍が水深12mで魚雷投下する技術を駆使してくるとは考えなかった。

・戦争終結が近いことを株価が知らせた
軍部は正確な戦況を国民に知らせなかったが、次第に民需関連株が上がり始めた。「戦争後」に向けた動きが株式市場に現れた。(戦争中にも株式市場が開いていたとは知りませんでした!)

・日本は自国民さえ大切にしなかった、まして捕虜は
ドイツの降伏前エネルギー消費量は戦前の10〜20%増し。日本の国民の摂取カロリーは戦前の6割程度。農民を徴兵してしまった為、食料の生産量が落ちたことが原因。
満州移民を集める為、集団で移民する自治体には補助金を出した。凶作や世界恐慌の影響で困窮した村はこれにつられた。
ドイツ軍の捕虜となった米兵の死亡率1.2%。日本軍の捕虜となった場合は37.3%。

・・・

欧米列強の植民地にならないため、国を挙げて明治維新を成し遂げ、坂の上の雲を追いかけて近代化に邁進した日本は、日露戦争という祖国防衛の必死の闘いに辛くも勝利する。しかし、それで戦争の時代が終わったわけではなく、ひきつづき世界と伍してゆくためには、近代戦を戦える物資が必要であるのに、日本列島には何の資源もない。また、開国し、世界の資本主義市場に参加した近代日本には、製品を輸出し、また余剰人員を移民させる経済圏が必要であった。

これらの時代背景により、(要するに、食うため生きるため安全を確保するために)日本は大陸へと進出してゆく事を余儀なくされる・・けっして日本の大陸侵略を正当化するためでなく、当時いったい何が起こっていたのか?どのような時代的要請に基づいて、日本という国が「戦争」を選んだのか?が浮かび上がってきます。

日々暮らしていく上で様々な判断や未来予測に、多くの歴史上の事例を正確に公平に知っておく事は重要です。

日中戦争前の陸軍は、困窮する民衆に耳あたりのよいスローガンを吹き込んで支持を集めていきました・・「国民の正当な要求を実現しうるシステムが機能不全に陥ると、本来見てはならない夢を擬似的に見せることで国民の支持を獲得しようとする政治勢力が現れる危険がある」・・などという指摘は、自民党政治に絶望した国民が民主党に幻想を抱いて300議席を与えた昨年の選挙について考えさせられます。

読んで損はない一冊です。読むべし!




posted by 武道JAPAN at 22:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月16日

闇の子供たち 梁石日(ヤンソギル)

国連児童基金(ユニセフ)は22日、大地震に見舞われたハイチの病院で子供が連れ去られる事件が起きていることを明らかにした。ユニセフの専門家によれば、これまでに15人前後の子供が病院から連れ去られ、行方不明になっている。
同専門家は、「地震の前から、ハイチでは子供を取引する問題が存在しており、同国内で子供を売買するネットワークの多くが国際的な『養子縁組市場』につながっている」と指摘。国連機関として、被災地での監視を強める姿勢を強調した。


本を読んでいて身体が反応するリアルな吐き気を体験したのは初めてだった。

本書は、タイを舞台に幼児売春や臓器売買といったテーマを扱った小説である。
小説ではあるが、大部分は事実を基にしたものと思われる。小説という形式でなければ出版できなかったのではないか?とも思われる。

物語は、タイ北部の農村で貧困から親に売られた8歳の娘が、幼児を専門に扱う売春宿に運ばれるところから始まる。
ここには外国からやってくるぺドファイル(幼児愛好者)達のために、暴力と飢えで調教された子供達が飼われており、彼らは男女問わず性的な嗜虐の対象とされ、あるいは病気治療のため臓器を求めてやってくる先進国の金持ちに命を売られる・・・という、とても正視できない世界でおぞましい出来事が続いてゆくが、物語の最後までこの現実に明確な救いはない。

この、ものすごく嫌な読後感の理由は、おそらくこんな事がタイで、あるいは世界中の様々な場所で「現実に起こっているだろう」と思われるからだ。

昨年バンコクに数日間滞在した。
東京と変わらぬ近代的なオフィスビルが立ち、巨大なショッピングセンターには世界のブランドファッションが並んでいるが、そのすぐ足元には不衛生な路地があり、地べたに座った物乞いがいる。
バンコクのようなタイ有数の都会で、日本の格差などものともしない程の「格差」を目にするのであるから、地方に行けばどのような現実が存在するのか。。本書で描かれたストーリーを「フィクションでしょう」とは片付けられないし、毎月ユニセフに募金を送っていても、この本を読んだ後に襲ってくる無力感はぬぐえない。俺達は何をすれば良いのか・・
小さな子供を抱いた母親がさしだす空き缶に思わず小銭を入れた時、しかし「こんな事では根本的な解決にはならない」と思った。

人間の、非人道的な行いを糾弾するのは簡単だが、貧困や暴力に追い詰められてなお人道的な振る舞いのできる人間は少ない。「人道的」というのは、人をそこまで追い詰めない社会の仕組みが担保される事ではないだろうか。社会や国家が弱者を保護できる成熟を保持し得なければ、弱いものから順に犠牲となる。我々は、自分達の社会を健全に保つ為にも、自分達の生きている場所で日々の営みを真摯に続けなくてはならない。

今回は、「読むべし!」とは書けない。自分自身はもう一度読みたくはない。

カンボジアの児童買春問題の解決を目指すNPO法人「かものはしプロジェクト」
財団法人日本ユニセフ協会



posted by 武道JAPAN at 13:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

日本辺境論 内田樹 【武道家の書いた本】

著者は、1950(昭和25)年東京都生まれ。東京大学文学部卒。神戸女学院大学教授。
合気道六段、居合道三段、杖道三段。神戸女学院大学合気道部顧問。(※2010年01月03日時点)

日本ほど日本人論が盛んな国はないという。他国では、自分達について「我々は何者か?」という議論は、あまりなされないらしい。では、なぜ日本では日本人論が盛んなのか?そして「決定版日本人論」が存在せず、なぜ何度も同じ問いが繰り返されるのか?

著者によると、「最初にお断りしておきますけど、本書のコンテンツにはあまり(というかほとんど)新味はありません。でも、新味があろうとなかろうと、繰り返し確認しておくことが必要な命題というのはあります。私たちはどういう固有の文化をもち、どのような思考や行動上の「民族誌的奇習」をもち、それが私たちの眼に映じる世界像にどのようなバイアスをかけているのか。それを確認する仕事に「もう、これで十分」ということはありません。朝起きたら顔を洗って歯を磨くようなものです。一昨日洗ったからもういいよというわけにはゆきません。」との事で、丸山眞男や梅棹忠夫によって既に分析されてきた日本人論を、あらためて理解しなおす・・という内容になっています。

そして、スムーズな理解のために「辺境」という地政学的補助線を引きます。

以下要約。

●日本人はきょろきょろする

客観的には、日本文明は世界有数の歴史と水準の高さを持つにも関わらず、我々の意識の底辺には、「自分のところはなんとなく劣っており、本物の文化は他所で作られる」という気持ちがある。
常に外を向いて何か新しい事はないか?他国と較べて自分達はどうだろうか?と気にしている。その理由は地政学的な歴史にある。

日本が国家としてまとまりを見せ始めたとき、アジアには既に中国という文明の中心があった。その中華文明は「我こそ世界の中心の国(=中国)」であり、周辺国を「北狄・東夷・南蛮・西戒」と呼んで文明の及ばぬ野蛮な「辺境」と見なした。

そのコスモロジー(世界観)の中に生まれた日本は、自らを周辺辺境国の、さらに海を隔てた遠い国と認識して出発した。

軍事的にも文明的にも強大な大国が海の向こうにあり、そことどのように関係を取るかが死活的に重要であったため、外部の先進文明に対して敏感で好奇心旺盛で、学習意欲が強く、実際、驚くほど柔軟かつ効率的に新知識を学びながらも自分たちに都合の良い部分のみを吸収して応用するという民族を育てた。
江戸末期に、アジアで唯一西洋文明をいちはやく吸収し明治維新を可能にしたのも、この民族性による。

この「新しい常識に対する変わり身の早さ」「病的なまでの落ち着きのなさ」が日本人の気質となっている。

●日本人にはオバマ演説はできない

日本は国家創世の成り立ちに特定の理念を持っていない。日本国は、この列島に暮らす人々によって自然に作られた。
「国家の目指すべき目標」や「我らの原点たる理念」を持たないため、政治家もそういった類の演説ができない。
日本を語るときには、他国との比較でしかものを考えられない。

●空気で戦争する

自他の区別があいまいで、集団のためには個人の利益や欲望を忘却する渾然とした「和」の世界に暮らす日本人は、論理的な議論を重ねて意思決定するよりも「その場の空気」で物事を決定する。戦争すら、そのような集団の意思決定にゆだねられ、事後には「反対できる空気ではなかった」といった説明がなされる。

●日本人の特性

日本人のメンタリティはフォロワー(追随者)であり、受身で被害者意識が強い。運命を変える出来事はいつも海の「向こうから」やってくる。相手がどう出るかで、こちらの打ち手が変わる。自分から戦略性をもって働きかける事がない。
先行した成功者を模倣する事には驚くほど卓越しているのに、自分が先導して世界を導く番になると思考停止する。

・・・

念のため申し上げておきますと、著者は、「だから日本人はダメ」と言っている訳ではありません。
こんな変わった国は歴史上他に類を見ないし、その国が生き延びてきている以上なんらかの召命があるのだろうから、とことん「辺境人」で行こう、と提案しています。その方が、我々にとっても世界にとっても有意義でしょう・・と。

その他、辺境人としてのメンタリティから発する学びの意識が創る「道」の話や、振り下ろされる白刃の下に生まれる「機」の時間感覚など、新書250ページという手軽さながら、興味深くまた納得できる話が満載で、ベストセラーになるのも頷けます。

自信を持ってオススメします。読むべし!


posted by 武道JAPAN at 18:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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