2009年07月29日

代表的日本人 内村鑑三

日本は異民族との交流が少なかったため、文明を異にする「彼ら」に対し「我ら」の価値観はこうだ!と、体系立てて説明する必要が長い間なかった。

本書は、明治維新による開国を経て西欧文明の流入を迎えた明治41(1908)年に、武士の子に生まれ後にキリスト教に帰依した内村鑑三によって著された。日本人の価値観・道徳観を西欧社会に向けて解説する役を果たし、同様の意図を持つ新渡戸稲造の「武士道」と同じく、原本は英文で書かれている。(ちなみに、新渡戸稲造と内村鑑三は札幌農学校の同期生であり、内村がキリスト教に改宗したのもこの学校において)

各国で翻訳され、ケネディも読んだといわれる本書は、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人という5人の偉人の生涯を紹介しつつ、キリスト教的道徳にも全く見劣りしない日本的な道徳観・倫理観を説く。

以下メモ

・西郷は人の平穏な暮らしを、決してかき乱そうとはしませんでした。ひとの家を訪問することはよくありましたが、中の方へ声をかけようとはせず、その入り口に立ったままで、だれかが偶然出て来て、自分を見つけてくれるまで待っているのでした!

・文明とは、正義の広く行われることである。豪壮な邸宅、衣服の華美、外観の壮麗ではない(西郷隆盛)

・正道を歩み、正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足な交際はできない。
国家の名誉が損なわれるならば・・国家は正義と大義の道に従うのが明らかな本務である。・・戦争という言葉におびえ、安易な平和を買うことにのみ汲々とするのは商法支配所であり、もはや政府と呼ぶべきではない(西郷隆盛)

・キュウリを植えればキュウリとは別のものが収穫できると思うな。人は自分の植えたものを収穫するのである(二宮尊徳)

・なすべきことは、結果を問わずなされなくてはならない(二宮尊徳)

・徳を持つことを望むなら、毎日善をしなければならない。一善をすると一悪が去る。日々善をなせば、日々悪が去る。昼が長くなれば夜が短くなるように,善をつとめるならばすべての悪は消え去る(中江藤樹)

・・・

ハッキリ言って感動します。

偉人たちの生きる姿勢には、「自分もこのように生きたい!」と素直に思わせるものがあります。

いまや激動する世界の中で、見直されるべき「我ら日本人の価値観は何か」という問いに、ひとつの解を与えてくれる一冊と思われます。

読むべし!





posted by 武道JAPAN at 23:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月23日

2011年まで待ちなさい! 世界経済の裏を知る!元外資系投資銀行社長が書いた!3年後にお金持ちになる資産運用 菅下清廣

著者の菅下さんは、大和證券、メリルリンチを経てユダヤ系投資銀行ラザードフレール(ロスチャイルド系)の日本法人社長を務めた金融コンサルタント。その経歴に惹かれて読んでみた。

かなり意外だったのは、「算命学」を持ち出して国家のライフサイクルを論じている点。算命学は占いではなく、国家の行く末を計る学問との事で、10年を単位とする動乱期、教育期、経済確立期、庶民台頭期、権力期の50年サイクルでのトレンドを紹介している。

また、同じく50年で循環する「コンドラチェフ・サイクル」も併せて紹介し、このふたつのサイクルで見ると日本はいまが「大底」で、これから長期上昇トレンドに入ると予測。

そして、2011年に算命学で言う「鬼門通過現象」があり、国家を揺るがす大事件や大転換があるとの事。(前回の鬼門通過は「安保闘争」、その前は「日露戦争」)

とはいえ、概ね日本の未来に対しては楽観的で、これから超長期の上昇トレンドに入り、2011年の鬼門通過後に株価も反転すると予測します。
信憑性は定かでありませんが、「景気」というものが「気」によって左右されるものならば、このように大胆で楽観的な予想も悪くありません。
ただし、著者は「投資が盛んにならないと商売にならない」金融コンサルを業にしている方ですから、ここは話半分くらいに聞いておきましょう。

以下メモ・・・

・100年に一度の金融危機で世界を循環するマネーの流れを生んでいたポンプ(アメリカ)が機能を停止し、自由資本主義の次の仕組みが模索されている

・各国は恐慌阻止のため大規模なマネーの投下を行っており、今後、中国を中心とする大開発(東アジア版ニューディール)で一気に社会資本の整備が進み、アジアは発展の時代を迎える

・米国は没落しても世界最強の国家であり続ける。NYの代わりになる都市はまだどこにも存在しない

・今後、アメリカ/EU/中国と日本を中心とする東アジア・・の三極が世界経済の覇権を競い合う。
特に中国は世界覇権への意図が強いため、米中は何かをきっかけに強い緊張関係に入る可能性が高く、両国ともそれを意識している

・今後はドル暴落、ユーロ安、円高

・日本国内では改革派と守旧派の闘争が繰り広げられる。経済大異変において抜本的改革を嫌う守旧派が主導権をとると国家が滅びる

・世界恐慌は水際で食い止められるだろうが、最悪の場合は以下のシナリオで進む

レベル1:アメリカの有力金融機関や企業の破綻
レベル2:アメリカ全体の金融システム崩壊(現在はこの手前)
レベル3:グローバルに大手金融機関の破綻
レベル4:世界恐慌

レベル2から3への移行が最も長く、あとは一気に進む。レベル3の始まりは以下のようなサインで察知できる。

G20金融サミットが頻繁に開かれる・G20による金融救済ファンドの設立・金融サミット前後の米、英、仏、独、中、日、各国政府の顕著な動き

・いざとなるとアメリカは奥の手を出してくる。以下の3つが考えられる

1)国際通貨体制の変更
固定相場制に戻す・世界統一通貨(IMFのSDRとか主要7カ国のバスケット通貨)の創設など

2)オバマ・ボンド
大統領の名を冠した外貨建て特別国債を発行し中国や日本に引受けて貰う

3)ドル安放置
アメリカが「強いドル」を標榜したのはクリントンの頃から金融立国路線を国策としたため。オバマのグリーンニューディールは環境技術立国を狙っている。環境技術を輸出するならドル安が有利。このままドル安に誘導する。

(これ以外に、性懲りもなく戦争という公共事業をおっぱじめる・・という可能性も、まだあるように思いますが)

・世界恐慌でも生き残れる投資術
これについては王道的なことしか書いてませんし、このブログの趣旨とはあまり関係ないので書きません。



posted by 武道JAPAN at 21:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(政治経済) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日

永遠の0(ゼロ) 百田尚樹

読み進むうちに「まずい」と思った。
京都までの出張時、新幹線の駅で買って読み始めたのだが人目のあるところで読む本ではなかった。涙をこらえられないのだ。

・・・

終戦の60年後、自分達の祖父が特攻で死んだ事を知った姉弟が、当時の彼を知る人々を探して真実を追ってゆく。
凄腕の零戦パイロットだったのに、臆病なほど慎重で用心深く「命を無駄にするな」といつも言っていた。生まれたばかりの娘の写真を大切に持ち歩き、妻に「必ず生きて還ると約束した」彼が、なぜ特攻に向かったのか。。

カミカゼはテロリストと同じ・・と訳知り顔で批判する新聞記者に、「国民をあの戦争に駆り立てていったのはお前たちマスコミだ!」と怒鳴る元特攻隊員。

自分たちが参加するわけでもないのにデタラメな作戦をたてる参謀本部。国民に嘘八百を伝える大本営。

消耗品のように使い捨てられる兵たちの命。

フィクションだが実在の人名も多出する。戦争がどのように進行していったのか?なぜ日本は負けたのか?戦った人々はどのような思いを抱いて生き、死んだのか。。そういったものを学ぶ教科書としても優れている。

現代にも続く官僚の支配が、非人間的な作戦を生み出したのか?
日本のマスコミは、最近おかしくなったのではなく昔からマスゴミだったのか?
特攻の英雄を、戦後は一転して「戦争犯罪人」扱いする国民性とは何だ?

・・・

小説としての出来栄えは必ずしも100点ではない。批評を加えることもできる。だが、そんな事をするよりも、グイグイと読ませる力に乗って一気に読んだほうがよい。

非論理的な作戦を立て、人間兵器を考案し、出口戦略のない戦争を遂行した極悪非道な軍の指導者達と、理不尽な運命を甘んじて受け入れ果敢に命を捨てていった兵隊達。。
国民は素晴らしいのに、無能な指導者が居座っているから、この国は人々を本当には幸せにしないのだろうか?

泣かずに読むことはできません。随所で泣いてしまいます。怒りで、悔しさで、人間に対する愛おしさで。。

読むべし!読むべし!



posted by 武道JAPAN at 22:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

日本幻景 バートン・ホームズ写真集

バートン・ホームズは、早期に学校での学問に見切りをつけ、17才頃より世界中を旅行して写真を撮り、それを持ち帰って映写しながら講演をするという「トラヴェローグ(旅行講演)」というジャンルを創始したと言われている。
明治25年(1892年)に初来日し、その後、昭和初期まで何度も日本を訪れ、日露戦争にも従軍して写真を残している。

本書では、明治から昭和にかけての日本各地の風物が記録されており、被写体は、自然、都会、男衆、おんな、子供、寺社仏閣など、多岐に渡る。鎌倉や横浜、東京近郊にとどまらず出雲や伊香保など遠方地へも足を伸ばしている。
写真には一切キャプションがなく、いつどういう経緯で撮られたものかほとんど判らない。写真講演家として「語り」を主体に表現していたために、出版する事などは考えていなかったのか?
ともあれ、100年前の日本を目で見る事ができるのは貴重な体験である。

一目見て感心するのは、日本の風景が実に整然と美しい事である。
田舎であれ大都会であれ、道には塵ひとつ落ちておらず、雑多な道具や、不要物がそこらへんに放置されている様子が一切無い。まるで撮影のために掃き清めて片付けたかのようであるが、無論そんな事はあるまい。
当時の日本が貧しく質素で、そもそも「余分なもの」がない、という現実もあるのだろうが、それよりも、日本人のケガレを嫌う清潔好きな心がこの風景を現出させているように思う。

【参考】こちらは、古い時代の日本の写真が見られるサイト
http://www.geocities.jp/web_ukiyoe/
http://poirot2.hp.infoseek.co.jp/omokage.html

「自然を愛でる心は日本人の見事な特性で、これが好ましい習慣を作る。・・・名所絶景を見に旅行する余裕が無くても、近在の景色を眺めに行く事は忘れない。・・・明媚な風光を数多く見ないうちは、己の素養が満足なものにならないと日本人は考える。事実、そうした名所が無数にある・・・」(バートン)

楽しいのは子供達の姿である。
大人の顔つきや風体は、現代日本人とは懸け離れ、今の我々からは「外国人」のようにも思えるが、子供達の様子は変わらない。いや、今よりも優れているように見える。

「日本くらい子供の数が多いにも関わらず幸せでいられる国を知らない。・・・日本の赤ん坊は泣かないと言われる。・・・思うに、両親がいつも穏やかで、気ぜわしくする事もないからだろう・・・もうひとつの理由は、赤ん坊がひとりにして置かれない事だろう。母親なり、兄なり姉なり、時には父親までもが子供を背負う。・・・口がきける年齢になると、祖母が御伽噺や昔話を語って聞かせるのだ。」(バートン)

鉢巻をして袴をはいた10歳くらいの子供達が、腰に木刀を差して「気をつけ」をしている写真がある。力んでいないが身体に筋が通っていて重心が程よい位置に来ており見事である。
小学校の掲示板に「克己忍耐」「義勇奉公」などの習字が貼ってある。見事な筆跡である。
当時の初等教育は、身体・教養両面で現代よりも遥かに高い水準だったように見受けられるのである。

1974年出版の為、現在では古書のみで入手可。横尾忠則の独特なデザインが美しい。


posted by 武道JAPAN at 13:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

日本人を動かす原理 日本的革命の哲学 山本七平

日本には大きな政治体制の転換が3度あった。

1度目は鎌倉幕府成立〜承久の乱(政治の実権が天皇・朝廷から幕府へ)
2度目は大政奉還と明治維新(幕府消滅、天皇が国家元首に)
3度目は第2次大戦終結後(天皇の人間宣言→政府へ)

本書では、1度目の体制転換となった「承久の乱(1221年)」で幕府軍を率いた北条泰時が、乱の後に制定した幕府の新しい基本法典である「御成敗式目」(貞永式目)51箇条の研究を基に、日本人の社会意識・秩序意識がどのように出来上がってきたのかを見ていく・・というアプローチを取っています。以下メモ。

-------
・当時、公家には「律令」法があったが、日本的自然秩序を無視して中国から輸入した為に機能しなくなっていた。

・「御成敗式目(ごせいばいしきもく)」は、律令や明治憲法、現在の日本国憲法のような継受法(外国からの輸入、モノマネ)ではなく、日本人が自前で制定した初の国内法であり、鎌倉幕府滅亡後においても、江戸幕府が武家諸法度を制定するまで武士の基本法として機能し続けた。

・元禄時代には挿絵入りの本が出版されたり寺子屋で習字の手本となるなど教養書として一般にも浸透し、一部では明治に入ってからも素読のテキストに使われたらしい。

・明治5年以降、徐々に消えていくまで実に六百数十年の間、日本人の「秩序意識」の基本を形作ってきたといえる。
-------
■御成敗式目の要諦
-------
・自然的秩序(ナチュラルオーダー)絶対
今すでにある秩序をそのまま認める。人々がごく自然に当然と感じるあり方、行き方を肯定する。法が先にあって人間の自然な感覚を拘束するような用い方をしない。

・実効権利優先
土地の所有は、由緒よりも実効的にその場所を支配している者の権利を認める。

・能力主義
財産の相続は均等割りでなく能力や責任に応じて任意に配分してよい。

・女性の権利を認めている
妻にも相続権があり、未亡人が養子を貰って相続させても良い。これは、中国や韓国、アラブ諸国では考えられないことらしい。イスラム圏、儒教圏では一夫多妻が原則であった為か?近代化に成功した国は一夫一婦制を基本とする。

・宗教にはノータッチ
それは個人に属する事柄。式目は世俗法であり、人の行為は規制するが内心には関与しない。他国に見られるような「宗教=法」では全く無い。

・残虐な刑罰がない
棒で打ったり、身体の一部を切断したり、手枷や足枷で拘束するといった残酷な刑罰を廃止している。死刑も実質的には廃止。ただし、賭博を非常に厳格に禁じており、これに違反した者は指を切られる。ヤクザの指詰めはここから来たものらしい。

・物証主義
拷問によって自白を強要し、沙汰が決まった・・等というような事はなく、裁判はひとえに証拠主義。

・仇討ち禁止
昔は仇討ちが公認されていたような印象だが、禁止されている。罪は法で裁いてそこまで。
また、罪を犯した者の縁座(親類縁者が責任を取らされる事)も原則禁止している。

・人身売買禁止
日本には奴隷制度があったのか?もちろん、非合法の人身売買は近代になっても存在したが、政府公認の公開奴隷市場や制度というものはなかったらしい。
ただし、飢饉によって止むを得ず売られ「奴隷的身分」になる事はあり、この場合は「食えずに死ぬよりは生存権のほうが優先」と黙認された。その場合でも、売った人間は買い戻す事ができるし、買ったほうも転売してはならず、奴隷的身分になった人間の子孫が「奴隷階級」になる事はなかった。
ちなみに、ロシアの農奴解放宣言1861年/米国の奴隷解放宣言1863年、つまりそれまでは奴隷が居た。「式目」と同時代(14世紀頃)のヨーロッパでは奴隷は重要な貿易商品だった。
-------
「御成敗式目」は武家の法である。

「武家」とは元々は、法や警察が整備されていない時代に地主と小作人が自らの生存を守る為に作った地域の自警団。それが発展して階級となり実質的な政治の中心となった。

したがって日本社会の隅々に武家法・軍法的な「集団的組織的行動」が根付いており、軍隊的(軍国的ではない)秩序、例えば「タテ社会」のような日本的秩序・生き方に現れている。

「軍隊的秩序」とは「功績が地位に転化する」世界であり、功績を上げれば地位が向上する、というダイナミックさを持っている。

しかし日本社会の制度自体は、伝統的文化的権威(天皇)を中心としてスタティック(固定的)に保持されている。(戦国末期に日本を訪れたキリシタン宣教師は、分国大名を独立国の王と見たが、大名自らは独立国たる意識はなく、あくまで日本統合の象徴たるは天皇と見てこれを尊崇していた)

つまり日本社会は、天皇制を中心とした「安定した制度」と、その制度の中では「努力次第で出世可能」なダイナミックさを備えていた。
-------

・・・と、まことに面白い「日本人論」「日本社会の成り立ち」を見せてくれます。

鎌倉時代の日本が、現代にも通じる能力主義や人権尊重の考え方を既に「自前の法」として持っていた事に驚きますし、反対に人身売買を禁止しながらも非常の際には度を越さない範囲で「大目に見る」という「法絶対ではなく人間優先」のセンスも感覚として判ります。

現代日本は、戦前までの歴史と関わりなく戦後にイチから新しくできた・・のではない。「象徴天皇制」という仕組みも13世紀以降の伝統だった訳です。

近年では「天皇制を中心とした安定した社会制度」も少々揺らいでいるようです。
日本の皇室は、世界に現存する28の王室の中で最も長い歴史を誇ります(2位はデンマーク王室)。一部週刊誌やワイドショーに見られるような芸能人扱いは厳に慎むべきでしょうし、国民も皇室の価値を正しく認識すべきと思います。

また、「功績をあげれば出世するダイナミックさ」も、少々翳ってきたようで気になります。格差が固定化し「頑張っても無駄」という気分が蔓延するような社会を作ってはなりません。少なくとも、格差が原因で十分な教育の機会を与えられないような子供を作っては、絶対になりません。

「温故知新」・・古きを訪ねて新しきを知る為にも、時にはこのような本を読む価値があるでしょう。



posted by 武道JAPAN at 19:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(社会歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。