2017年08月31日

閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済 水野和夫

長い時間軸の視点を与えてくれる本。
著者は、経済学博士、法政大学教授。仙谷由人の経済ブレーンとして、民主党政権下で内閣官房審議官などを務めたとのこと。経済・金融を歴史的な視野から論じています。

この本では、800年前から始まった資本主義と、500年前から始まり国民国家のベースとなった近代システムが歴史的終焉を迎えていると説きます。
英国のEU離脱やトランプ大統領誕生など、グローバリゼーションに対する「No」の声は、資本主義の末期症状の発露であり歴史的な大変化の現れであるが、国民国家を再強化し回帰する方法ではこの変化に対処できず21世紀の新しい社会システムを模索すべきと論じます。以下メモ。

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●資本主義の始まりと終焉

資本主義は、コペルニクスらによる世界観の転換を決起として始まった。
それまでの中世的な宇宙(コスモス)において、地球は特別な(不動の)場所であり、神の掌る世界として有限に閉じられていた。科学的な発見により、地球は惑星の一つに過ぎず、宇宙は無限に開かれた空間であることが認識されると人々の宇宙観、世界観が変化した。

閉じられた宇宙での定常状態から、広がる世界の開拓へと意識が変化し、これが無限の拡大を求める資本主義と結びついて近代が始まった。近代主権国家・国民国家システムは、一部支配者の満足ではなく広く国民のニーズを満たす必要がある。以前なら王侯貴族にしかできなかった豊かな生活が国民に行き渡ってゆく近代の資本主義と国民国家システムはうまく結婚し、足並みをそろえて機能した。

しかし、資本は永遠の拡大と冨の蒐集を欲し、中心に対する周辺(利潤を齎してくれるフロンティア)を必要とする。大航海時代の植民地からサイバー空間まで、あらゆるフロンティアを開拓し尽くし、さらに冨の蒐集を求める資本は、いまや国家を従えて国民と離婚した。かつて先進国が後進国(の資源)を搾取していた構造は、国・地域に関わらず資本側vs搾取される一般国民という構図に変化した。大企業や支配層のみが潤って一般市民に分配がなされず、上位1%に冨が集中する現象は、資本主義の末期状態である。

このままでは民主主義も崩壊し、国民の生命・財産・安全を守るべき社会の基盤が維持できない。

●21世紀に残るのは閉じた帝国

低成長、ゼロ金利は資本の拡大が限界に達したシグナルである。限界まで拡大した世界は、収縮するしかない。ポスト近代のモデルは「新中世」というべき閉じた帝国が有効ではないか?

ヨーロッパでは独主導でポスト近代モデルとしてのEUという実験が行われている。
露も、ユーラシア同盟を構想し、中国は一帯一路やAIIBで新シルクロードを囲い込もうとしている。20世紀は大航海時代に象徴される「海の帝国」が覇権を握った(蘭→英→米)が、21世紀には、これら「陸の帝国」の巻き返しが起こる。歴史は常に海と陸との攻防の連続である。

対して米は、金融資本帝国を築き、イノベーション、フロンティアの拡張による近代システムの延命を図っている。日本はそれに追従し、捨て駒に使われそうになっている。

歴史的な大変化にあたって、最もしてはならないのは現状の維持・強化である。

●日本の取るべき進路

21世紀には、閉じた地域帝国が生き残る。定常状態・成長しない経済を目指し、近代システムとゆっくり決別し、新しい社会モデルを構想するべき。

どこの国と帝国を創るかは重要な課題。国民国家を強化し、単独で閉じこもってはダメだが、まだ近代化を始めたばかりの中国ではポスト近代を模索するパートナーにはならない。今後起きてくる、あらゆる可能性に対処できるよう態勢を整え、試み続けるしかない。

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と、非常に大きな視点で世界の趨勢を描き出しています。なかなかここまで大きな視座に出会うことは少なく、目の開かれる思いでした。

世界的なテロの蔓延や、グローバリズムに対する抗議行動、ゼロ金利やマイナス金利などの異常事態(の常態化)など、一個人の肌感覚としても「おかしい」と思える現象は、これほど超長期の歴史的転換点のうねりが表出したものだった・・と考えればすべて整合するように思われます。そもそも永遠に拡大し続けることを宿命付けられた資本主義というシステム自体、自然の法則を無視した胡散臭さを感じます。

果たして我々は新しい21世紀の社会モデルを構想できるでしょうか?
世界観を基にしたコンセプトメーキングの下手くそな日本人には荷が重い気がしますが、太平のゼロ成長・循環型社会であった江戸時代というモデルがヒントになるのかもしれません。

読むべし!

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2017年07月25日

怒らない技術 嶋津良智

実は嶋津さんとは何度か会ったことがある。
本人を知っているから尚更かもしれないが、文中で「自分は小心でビビリ」だとか「いつまでたっても自信がない」などと(傍目には非の打ち所ない成功者であるにも関わらず)弱い部分も開示しているのが実に好印象で、正直なのは良いことだなと思う。

本書の内容は、いくらか心の仕組みについて学んだ人なら知っていることばかりであるが、それが意味するところはつまり「ビジネスパーソンとしては、この程度の基本的なニンゲンの構造は知っていましょうね」という事だと思います。以下メモ。
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●3つのルール
・命と時間を大切にする(怒っても結果は同じ・怒るだけ時間の無駄)
・人生は思い通りにいかない(と受け入れる=イライラしない)
・苦悩と喜びはパッケージ(苦労や失敗で磨かれ、それが成功の基礎になる)

●出来事に意味はない
自分の前に起こる出来事には意味はついていない。意味をつけるのはそれを受け取る自分。

出来事はただ起こる。雨が降るのに良いも悪いも意味はない。しかし、雨で営業に出かけるのが嫌だなと思うか、他の営業が出渋る今がチャンスだと考えるかは自分次第である。受け止め方・考え方は選択できる → 受け止め方次第で意味は180°変わり、怒りにも喜びにもなる。
つまり、感情も出来事の受け止め方、その選択次第でコントロールできる。多くの成功者は、感情コントロールの達人である。

●人生の成果も選択次第
上記のようなモノゴトの見方・考え方が根っこ/知識・技術・スキルが幹/行動・態度・姿勢が枝葉/果実が成果・結果

※考え方が行動を決め、行動が結果を導くのは理解できますが、考え方の根っこには、その人の「在りよう」が存在していると思います。そのためか、著者も、「何のために生きるか、哲学が重要」としています。

●人を動かそうとしない
他人は変えられない。動いてほしければ、人が動きたくなるような環境を作る。

●他人の責任にしない
日々の多くの選択の結果がいまの自分である。他責にしない。

●怒り、イライラと無縁になる25の習慣(面白かったものを抜粋)
・迷ったら決断しない 無理にしなくても、本当に大切なことはいずれ「よし」と思う時が来る
・目標は低く 達成できる事を積み重ねる。成功体験の積み重ねがやる気と自信を生む。
・三合主義 助け合い、分かち合い、譲り合い
・ささいな事で自分を褒める

●怒り、イライラが消える11の特効薬(抜粋)
・これは神様が自分を試しているに違いない(と考える)
・これはちょうどよい!と言ってみる(「解決社長」ゲームと同じ)
・感情のコントロールが難しい時にはちょっと逃げる。気分を変える。席を外す。散歩する。
・不愉快はマメに吐き出す。溜めない。
・まあいいか!と(諦めるのではなく)見極める。

・・・

まずまず悪くない内容です。出来事に意味はなく、その解釈によって初めて意味付けがなされ、それが怒りやイライラを生んでいるという構造も納得できます。

ただ、解釈を変えることによって意味付け〜感情を変えようとする手法には限界も感じます。意味の付いていない出来事=事実を、なぜ人間は解釈(という事実ではないフィルター)に掛けてしまうのか?そのあたりの心理の深みまでは掘り下げていません。
本来は、「最初から解釈自体が起こらない」「ただ事実とのみ在リのままに居る」状態まで持ってゆければ、怒り・イライラを含むあらゆる悩みから開放されると思うのですが、それは書物、しかも新書で語れる内容ではないでしょうから、ビジネスパーソン向け実用版「怒らない技術」としては、ひとまずこれで良いでしょう。

読むべし!


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2017年07月06日

世界を変えた10冊の本 池上彰

皆さんご存知の池上彰氏が「現代社会に顕著な影響を与えた本」というテーマで雑誌CREAに連載したものをまとめた一冊。やはり宗教と経済のふたつが影響力大と見えて、この分野に関する書籍が10冊中7冊を占める。

特に面白かったのは、最初にアンネの日記〜聖書〜コーランと続けて取り上げることで、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を横断的に解説する部分。イスラエル、中東、パレスチナ問題、イスラム教原理主義など、世界を揺るがす課題の中心にこの3つの一神教がある。2011年出版の本であるが、もう少し後で連載されれば新興国の台頭に関する本も入ったかもしれない。以下メモ。

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●アンネの日記(ユダヤ教)
ナチスの蛮行を告発し、イスラエルに対する反発の防波堤となった本。ただしアラブ世界では知られていない。

●聖書
旧約は、天地創造を始め、モーセの十戒・出エジプト記など、神話上の出来事を綴ったものが多い。新約は、イエスの死後、彼の言行録を「福音書」としてまとめたもの。
ちなみに、旧約・新約は契「約」の事で翻「訳」ではない。イエスの死により、神と人とに新しい契約が結ばれたと考え、従来の聖書を「旧約」とし、新しい契約の書として「新約」と呼んだ。

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は、同じ経典に拠っているが最重要とするものは違う。
ユダヤ教=旧約聖書(ただし「旧約」はキリスト教徒からの呼び名で、ユダヤ教徒はそう呼ばない)特に「律法(トゥーラー)」。
キリスト教(主にプロテスタント)=新約聖書(旧約聖書も使う)
イスラム教=コーラン+新約・旧約聖書

●コーラン
キリスト教では主イエスは神の子だが、イスラム教ではムハンマドを始めとする多くの預言者の一人。(ちなみに「預言」は神の言葉を預かる事で、未来を言い当てる「予言」ではない)

新約・旧約聖書で伝えられた神の言葉を、堕落した人間は守れず、最終でもっとも偉大な預言者ムハンマドによって新たな神の言葉(コーランの内容)がもたらされたと考える。

イスラム教徒が守るべき「五行」を説く。五行とは信仰告白・礼拝(サラート)・喜捨(ザカート)・断食(サウム)・巡礼(ハッジ)。本来は穏やかな宗教である。

●プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 マックス・ウェーバー
19世紀カトリック教会が支配的であったヨーロッパにおいて資本主義は牧歌的であった。人は食べるに十分なお金があれば、それ以上は働かない。ところがプロテスタンティズムの国(特にアメリカ)では、勤労を「神の栄光を示すための行為」「終末の日の救いを得るための行い」として捉え、寸暇を惜しんでひたすらお金儲けに励んだ。これが資本主義と結びついて発展し、やがて際限のない利益追求、資本主義のゲームが止まらずリーマンショックの遠因になったとする。

●資本論 カール・マルクス
社会主義運動・共産主義革命の基になった一冊。
資本主義はやがて労働者の反抗から革命を引き起こし崩壊すると説くが、その後の来るべき世界像は描かれていない。

●イスラーム原理主義の「道しるべ」 サイイド・クトゥブ
イスラム原理主義過激派のバイブルとなった本。
著者は留学時にアメリカの物質文明に失望し、ムスリム同胞団を敵視する米英人を知ることで却って同胞団を支持する様になったという。
主権は人になく神のみにあると考え、民主主義を否定し 、神の言葉を伝えたコーランに基づく社会を実現すべきと説く。

●沈黙の春 レイチェル・カーソン
放射能、農薬など、環境汚染・複合汚染という概念を世界に提示した最初の書。

●種の起源 チャールズ・ダーウィン
現代では常識となった「進化論」を初めて問うた書。
旧約聖書の「神は自身の姿に似せて人を創った」とする概念を否定するため、発表当時は議論を巻き起こし、現代でも(特に米国に)進化論を学校で教えようとしない地域がある。

●雇用、利子および貨幣の一般理論 ジョン・M・ケインズ
不況になったら政府が財政支出をすることで消費・雇用を促進し、景気が加熱したら金利を上下することで景気をコントロールする・・という、現代資本主義社会における景気操作の基本的な処方箋を提供している本。

面白かった概念:利子率と利潤率〜投資することで得られる利潤率が借金の利子率を上回ると考えれば、経営者は金を借りてでも事業をする。

●資本主義と自由 ミルトン・フリードマン
「自由」「市場主義」「小さな政府」を良しとし、変動相場制、夜警国家、教育バウチャー(学校選択の自由)などを主張。本書では「過激な強者の論理」として批判的であるが、論旨は一貫しており傾聴に値する価値はあると思われる。

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だいぶメモを端折りました。300ページに満たない薄い文庫本の割に内容は充実しています。オトナとして最低限押さえておきたい常識を、また世界共通語としての教養を(本来は原書を読むべきとしても)ざっと頭に入れるのに有用と思われます。

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2017年06月25日

GRIT(グリット) ー やり抜く力 アンジェラ・ダックワース

成功に必要なのは才能だけでなく努力と継続だ。

「継続は力なり」「石の上にも三年」〜日本ではこのような表現で伝わっている教えです。本書では、その力を「GRIT」=やり抜く力、と呼びます。
著者は、米国で「天才賞」と呼ばれるマッカーサー賞を受賞したペンシルベニア大学の心理学教授とのこと。以下メモ。
・・・

●才能か努力か
多くの人は努力より才能の方を重視し、神格化さえしている。しかし、才能があっても努力しなければスキルは身につかず、さらに身につけたスキルを使って粘り強く継続しなければ成功は難しい。

ものすごく頑張る、いま必死にやる・・はGRITではない。
粘り強く続ける、明日も継続する、失敗してもまたトライするのがGRIT。

●継続するには動機の持続性が大事
そのためには哲学(世界観と言っても良い)が必要・・自分にとっての究極の関心事・今日やることの上位に、そのさらに上位に位置する最上位の目標は何か?
遠い目標に連なる手前の目標が、最終目的を支えるピラミッド構造だと良い。(究極の目標と、今日の目標がリンクしていないような構造は望ましくない)

例えば、歴史に残る大聖堂を作って神の栄光を讃えるためレンガを積むのか、明日の食料を買うために賃仕事としてレンガを積むのか。

●成功者の条件
・遠くの目標が視野に入っている
・いったん取り組んだことを簡単にやめない、目新しいことに気まぐれに飛びつかない
・粘り強く、根気がある

メガ成功者は、他者・利他・人々のため・世界のため・この仕事は意義があるか・役に立っているか?を最終目標にしている。

●GRITを育てる
・その人が育つ時代の社会的、文化的背景も影響する(家庭環境も?)
・遺伝と経験の両方が影響するが、GRITに影響する遺伝子は複数ある
・年齢とともに成熟するとGRITが強くなる傾向がある
・興味が大事で、好きになれることは継続できる(親は子供の興味に注目すべき)
・練習を続けること、目的を持つこと、希望を持つこと

●子育て・人材育成
・子供には高い期待と関心、併せて惜しみない支援を与えること
・大変だが楽しい、やりがいのある事を経験させる(大変だけ、楽しいだけ、はダメ)
・最低でも2年以上、何らかの「課外活動」をさせる
・偉大なチーム、GRITの強い集団に加わる(やがて集団の価値観が個人の信念になる)

GRITは人生に最も大切なことではない。履歴書に書く長所より追悼文に書く長所(善良さ、道徳心、思いやりなど)を伸ばすべき。ただし、GRITの強い人ほど、人生における幸福感や健康に恵まれている場合が多い。
・・・

努力と継続。

「7つの習慣」を読んだ時にも思ったのですが、日本ではわりと当たり前・・ここまで言葉化、理論化、科学的エビデンス付きになっていないけど昔からみんな知っている事ではないのか。
むろん、知っていることと出来ていること(更には「なっている」こと)には遥かな距離があるので、本書のように「やり抜く力」の構成要素や育て方まで体系的にまとめて貰えたのはありがたいと思います。

特に感銘をうけたのは第4章で、努力を継続するための意味付け=哲学が大事としている部分です。
「世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう:奥山真司著」でも、世界観・価値観がトップにあって、それを実現するために戦略→戦術→技術が階層構造で存在すると説いていますが、GRITな人であるためにも、やはり頂点に「究極の目標」を置くべきとしています。
人は、人生のいずれかの時点で「自分にとっての究極の目標は何か」「自分にとっての最高の価値は何か」について、答えを出しておくべきであると思います。

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2017年06月16日

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」 草薙龍瞬

著者は仏教者であるが、特定の宗派に属さない独立派≠フ出家僧・・とのことで、書籍や講演を通じ、宗教としてではなく「現実の問題解決に役立つ合理的な方法」として仏教を紹介している。

本書は、人生における苦悩の原因が「心の無駄な反応」から起こる事を示し、反応しない方法・合理的な考え方を身に着けることで、苦痛から解放された有意義な生き方ができると説きます。以下メモ。

・・・
●認める・正しく理解する

人生に苦悩はある。無くそうとしないで「ある」と認めてしまう。そのうえで、苦を減らす・無くす方法を実践する。

苦悩の正体は、心の自動的な反応である。心は様々な欲求(食欲・性欲・睡眠欲・・・承認欲求など)を求め、できごとに常に勝手に反応し、無用なストレスや「妄想」を生産しつづける。したがって、心の無駄な反応を消すことができれば、苦悩は減ってゆく。

そのために、心の仕組みを理解し、反応せず、正しく合理的な考え方をする。例えば、次のような方法がある。

1)ラベリング
心の状態を言葉で言う。言うことで曖昧な心の状態を明確化する。正しく理解する。
例:わたしは怒っているな。わたしは悲しいな。これは承認欲求が満たされない不満だな・・など。そして、例えば承認欲求だったら「他人に承認されたとして、それに何の意味があるのか?」と考えてみる。

2)身体感覚に目を向ける
身体の快適な状態を作る、意識して呼吸する、一歩一歩確認しながら散歩するなど・・・苦悩の正体は、心の反応が作り出す妄想(実体のないもの)なので、身体という実体のあるものに意識を向けると反応が消えてゆく。

3)分類する
反応は、概ね次の3つに分けられる。ラベリングと似た手法。
・貪欲(「とんよく」欲しい欲しいという貪る心。手に入れたい、失いたくない・・・しかし、けして望むようにはいかない=「苦」のもと)
・怒り(思い通りにならない、期待通りに行かない物事への反応・・・しかし、そもそも人生は思い通りにならない=「苦」のもと ※悲しみも怒りの一種)
・妄想(人と比較して優れている・劣っているなどと考える評価・判断など)

●判断しない
良し悪し、好き嫌いを考えない。ありのままに見る、受け入れる。
1)あ、いま判断した、と気づく
2)自分は自分と考える
3)素直になる

他人と比較しない。
欲求のうちで、特に承認(認められたい、自分もひとかどのものであると自負したい)欲求は強く、人と競ったり、自己否定に走ったり、さまざまな苦悩の種になる。
比較も判断であり妄想。自分は自分。自分のものごとに集中する。

他人と比べるのではなく、自分の道を見つけ、自分のものごとに集中して、納得と満足のある人生を生きるべき。勝ち負けではなく、いかに貢献できるか(お役に立てればよし、の心)に注力すべき。

どんなときも自分を否定しない。「わたしはわたしを肯定する」

●反応の源泉を断つ
困った人とは縁を切る、距離を置く。

●自分の道を歩く
そのために道の基礎・自分の哲学を持つ。慈悲喜捨で生きる。
慈:人にやさしくする
悲:他者の悲しみをともに悲しみ
喜:他者の喜びをともに喜ぶ
捨:無駄な反応を捨てる

今できることをする・集中する。
人生を信頼し、最高の納得をめざす。
・・・

他人と優劣を比べたり、欲望に反応して苦しむ生き方を手放し、自分のすべきこと、今できることに集中して、満足や納得のある人生を目指しましょう、と説きます。たしかに、仏事だの法要だのとは違う、生活に根ざした、より良い人生を生きるための、きわめて実用的で技術的な内容です。

様々な哲学書や、あるいはビジネス書でも、「世のため」「人のため」「貢献」を最終目標に据えるものは多いです。人間は、自分の欲求を満たすためだけに生きても、人生に於ける高度な意義や満足は得られないのかもしれません。
じっさい、年齢とともに肉体の活動が衰えてくると、自分の欲求自体が減ってきますし、その段階で生きる意味や情熱を維持するためには、最終目的を自分を超えた場所に置くべきだというのは納得します。まあそれも、究極の「自己満足」だと言えるかもしれませんが。

良書です。こころのエクササイズができます。

読むべし!

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2012年12月02日

静かなる大恐慌 柴山桂太

著者は京都大学経済学部卒。滋賀大学経済学部社会システム学科准教授。専門は政治・社会思想史、現代社会論、リスク社会論。

本書を読むまでは、「グローバリズムは止まらないものだから、その中で如何に身を処すべきか」と考えていました。
しかし、この著者は「グローバル化は歴史上何度も起こっては崩壊した」と説きます。特に前回のそれが二度の世界大戦という結末に行きついて終焉した事実を明らかにし、ごく近い未来に、反グローバリズムの動きが出てくる可能性を指摘しています。
相当に現状認識を変えてくれた内容であり、まさに今、読むべき一冊と言えます。以下メモ。

・・・

世界はすでに「静かなる大恐慌」に突入した。1930年代のような混乱に陥らないのは、各国政府が過去に学んで対処のための知恵を保有していたからであり、実体としては「大恐慌」と呼ぶにふさわしい状態。

グローバル化は歴史上何度も起きては崩れた。今回が初めてでも、歴史の必然でも、永遠に続くものでもない。

経済が好調に拡大している時期はグローバル化も歓迎される。各国は相互貿易から恩恵を多く受ける。
しかし資本主義は消費も生産も借金を基にして拡大する仕組みであり、必然的にバブルを生む。バブルは必ず終焉するので、経済の後退局面は断続的に訪れるし、甚だしいバブルの後は恐慌となる。
こうなると、各国は自国の利益を最優先せざるをえなくなり、国家間の軋轢を生む。また、行きすぎたグローバル化は国内に格差を生む。新興国に雇用を奪われた労働者層は社会保障を求め、国内は不安定化する。このような経緯をたどってグローバリズムはある時点で反転し、保護主義や大きな政府への要求を連れてくる。

新興国の台頭も地政学的な不安定要因になる。前回のグローバル化時代には、恐慌後のブロック経済から締め出された新興国(日本やドイツ)が戦争の引き金を引いた。今回は経済発展した中国が軍備を増強し、周辺国に脅威を与え始めている。この局面で経済が崩壊すれば何が起こるか?
現代で戦争という帰結に結びつくことは考えにくいが、前回も「グローバル化は各国の経済的結びつきをより強固にし、戦争の可能性を低減する」と、同じように考えられていた。しかし戦争は起こった。

現在はWTOなどの機構もあり、あからさまな保護主義は取りにくい。各国も、保護主義が世界の安定にとって危険であるのは理解している。しかし現代の保護主義はより巧妙になっている。関税障壁をかけなくても、相手国製品の検査に時間を掛けたり、反ダンピング法のような新手が生み出されている。通貨安への誘導によって自国を有利に導くことも行われている。

グローバル化・国家主権・民主政治のうち、同時に実行できるのは二つだけ。

国家なしに節度のある資本主義は機能しない。

どこかで反グローバリズムの巻き返しが起こる可能性に備えよ。日本企業は世界に飛び出していくが、各国で国内産業の保護や外国資本の締め出し、政府による財産接収など、極端な事態が起こりうることを想定すべき。
中国での反日暴動など、繁栄から取り残された民衆による政府への抗議行動が直接的な日本企業への攻撃に出るケースだけでなく、民主的なデモや選挙によって政府への圧力が高まり、海外企業の締め出しが起こる場合すらある。
特に、日本はGDPに占める輸出依存度が上がってきており、海外のショックから影響を受けやすい。これが日本経済の脆弱性要因になっている。

各国が内需を拡大し、国民資本を充実させる事。輸出競争や通貨戦争によって他国の利益を奪い合えば、最終的には世界は不安定化する。しかし当面はグローバリズムは止められない。知恵の結集が求められる。

「資本」という概念を金銭以外にも拡大すべきではないか。共同体の人間関係や組織の信頼感、長年蓄積されてきた技術や知識の伝統など、現在の経済学がうまく扱えずに捨象している概念を取り込んだ新しい社会経済の在り方が必要。

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・・と、新書でこの内容充実度はあり得ないほどすごいです。
グローバル化の進展による世界システムの不安定化という現在の世界が直面する問題をガバッと包含しています。これを読めば、リーマンショック後の不況も、ジャスミン革命も、尖閣問題も、すべてが同じ根を持つ「ひとつながり」の事象と見えてきます。

特に我が国においては、企業もエコノミストも、「今後も世界経済の一体化は直線的に進むし、縮小する国内を見限って発展著しい新興国に打って出るしかない」という論調が一般的で、想定外のリスクを検討していないようです。
しかし、もし本書の視点が正しければ(十分に確からしいと思われます)、今後グローバル化への強い反動が巻き起こる可能性は否定できません。我々はいたずらに国外に戦線を拡大すべきではなく、国内にもっと目を向けて、金銭に換算できない資本・・社会の安定性や国民の忍耐強さなど・・をより高め、国民を幸せにする社会、我々日本人が本当に望む社会の実現に注力すべきかもしれません。昨年のベストセラーに借りて言えば「これからの日本の話をしよう」です。

運命の選挙直前!

読むべし!読むべし!



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2012年11月04日

中国は東アジアをどう変えるか ~ 21世紀の新地域システム ハウ・カロライン/白石 隆

京都大学東南アジア研究センターの元教授と准教授の二人による著作。

台頭する中国は周辺国にどのような影響をもたらすか・・という、誰にとっても無関係ではなく、多くの場合、一縷の不安を伴って頭をよぎるこの問いに、きちんとした研究を基に答えた良書です。以下メモ。

・・・
第二次大戦終結後、唯一の有力な大国であったアメリカはアジアとヨーロッパで課題に直面した。

・ヨーロッパにおいては荒廃した各国の復興を進めると共にドイツが二度と軍事的に台頭しないこと。
・アジアにおいては共産国の台頭を抑えつつ、日本が二度と軍事大国化してアメリカに再びチャレンジしないこと。

これらの課題には別種の処方箋が与えられた。
ヨーロッパにおいては「ヨーロッパ人」という新しいアイデンティティの下、のちのEUにつながる独仏を中心とした共同体の構築が図られた。
しかしアジアにおいては「アジア人」という概念が意味を持たず、また中国は包括されるべき対象ではなく共産国として封じ込められるべき相手であったため、アメリカとの軍事同盟とともに日本の復興が求められ、やがて日本を先頭とした雁行型の経済発展を導き、「(中国を除く)アジア」「日本」「米国」の三角貿易体制が確立した。

1980年代に、中国は世界経済に参画することを望み、日米は中国をアジア太平洋経済の枠組みに導き入れることに決めた。
やがて日本・韓国・中国沿岸部・台湾・シンガポールなどが経済共同体の中に組み込まれ、政治や文化の統一とは別に、まず経済的な共同体が構築された。中国の経済大国化とともに、「中国」「日本を含むアジア」「米国」の三角貿易が確立した。

この段階にきて、「東アジア共同体」構想が浮上し始めたが、同時に「冷戦の勝者はドイツと日本だ。アメリカは日本が第二の大東亜共栄圏を構築するのに手を貸しただけだ」という批判が米国で盛んになり、日本は東アジア←→アジア太平洋のバランスを鑑みた結果、アジア太平洋の経済同盟をより重視して、APEC(アジア太平洋経済協力)を選択した。

・・・
多くの識者が予想するように、今後は米国の一極支配が衰退し、世界は多極化する。しかし、世界はすでに経済的にも政治的にも分かちがたく一体化しており、米国・中国・欧州・インドなどを「盟主」として、各国が地域連合を作って対立するという構図は考えがたい。

米国のヘゲモニーによって作られたWTOやIMF、世界銀行などの機関は、いまや世界各国がその枠組みを支持し利用する「公共財」となっており、台頭する新興国がこれに代わる新たな枠組みを作り出そうとしても容易にいかない。そういった意味で、現在ある世界システムはそれなりに強固であり、あらたなシステムを誰かが勝手に作ることは難しい。

アジアに限っても、中国の台頭に際して各国が中国の作る秩序に組み入れられたり、一方的に「なびく」といった現象は見られず、インドネシアやヴェトナムのようにむしろ警戒感を強めて他国との連携を深めようとする動きさえ起こっている。これらアジア各国の対応の違いは、地政学的な位置と、どのくらい世界経済に深く組み入れられているかの差によるが、いずれにせよ米国が鮮明にしている東アジア回帰の戦略のもとでアジアの同盟国が正しいパートナーシップを維持すれば、中国がこの地域で圧倒的なヘゲモンを握るという可能性は極めて低い。

東アジア各国において(一部中国大陸においても)、政治・経済・文化をリードするチャイニーズは、米国・英国・オーストラリア等で教育を受け、アングロサクソンの考え方や行動様式を身につけた「アングロ・チャイニーズ」であり、彼らはタイ語、インドネシア語、韓国語などの母国語の次に英語を、さらにその次に中国語を学んで話すバイリンガル、トリリンガルであり、アイデンティティとして「チャイニーズ」であっても、その意識は中華人民共和国が権威的に押しつける「中国」とは必ずしも一致しない。また、大陸から広く拡散した華僑やその子孫にとって、「中国」「チャイニーズ」という概念はけして統一されていない。

現在、中国のトップはケ小平・江沢民時代に比して国内諸勢力を掌握しきれなくなっており、南シナ海での強硬な領土拡大姿勢に出るなど、これまで善隣外交で培ってきた良好な関係を台無しにして東アジア諸国を米国との同盟構築に走らせている。

・・・
と、冷静な分析をしています。

経済発展する中国が、近い将来に米国の次の覇権国になる・・などという単純な未来がやってくるわけではありません。かの国も今までは伸び盛りでしたが、倍々ゲームで伸びてゆく期間は終わっています。これからが正念場でしょう。
ただし我々も、米国との同盟を危うくするような国内政治を続けていてはなりません。安定した政治状況を作り、中国以外のアジア各国との積極的な連携にも力を注ぐべきと思います。

新書ですがデータの裏付けは膨大で、長いスパンでの歴史も見据えて、現在と未来を見渡す視線を提供してくれます。

読むべし!



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2012年08月24日

世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう 奥山真司

著者は、地政学・戦略学の専門家。英国で地政学を学び、日本に批判地政学そのものを紹介した研究者の一人。
当然ながら軍事・戦略・地政学関係の著作が多いですが、本書はそれを「個人の人生戦略」に落とし込むかたちで書かれた異色作です。以下メモ。

・・・
欧米の社会は牧畜や奴隷制の経験から、管理(マネージメント)ノウハウの蓄積が厚く、発想として、状況を変えよう、環境の方をコントロールしようとする。日本人は状況を受け入れよう、環境に何とか合わせようとする。(例:打ち水や葦簾で夏の暑さを凌ぐ工夫をする vs 気温自体をコントロールしようとしてエアコンを発明する)

その結果、欧米は自分が常に優位に立てるように枠組みを構築しルールを変更するのに長けている。日本はその視点がないので、変更されたルールの枠内で努力するが、勝ちそうになるとまたルールを変更される。
(管理人:ルールを作り出す側に回らないとダメ。特に今後は国際社会の中での枠組みの整備に関与すべき。ただしそれには戦略が要る。また、どんな世界を構築すべきかの世界観や哲学が要る。日本人にはこれが昔から足りない。)

「戦略」には階層がある。日本人が得意な「技術」は、戦略学では最下層。その上に戦術や戦略、国家の意思である政策などがあり、最上位に置かれるのは「世界観」。上位ほど抽象度が上がり、「目の前のこと」から「遠い目標」に向かう。

欧米は自国(自分)の世界観・アイデンティティーを確立してから、それを実現(表現)するために戦略を練る。最上位から落としてくるため強い。
企業であれば社長の人格やビジョンが成否を決める。(Appleが世界最高の企業になったのもS.ジョブスの卓越したビジョンによるところが大きい)

世界観という最上位に位置する概念がなく、状況に対応するだけの「戦術」で応じていると勝てない。

世界観は、ビジョンやミッションと言い換えても良い。国家で言えば神話であり、個人であれば「私は何者か」というアイデンティティー。
これは個人の思想・宗教観・歴史観からでてくる抽象的な思考。延々と神学論争で戦ってきた欧米人は強い。個人の中にそれを培うことなく「お上の言うとおり」でやってきた日本人には核となるアイデンティティや歴史観がなく脆弱。日本人でもクリスチャンは例外的に強い。

このせいか、日本人は目標を立てるのがヘタ。立てても「技術」レベル(TOEICで000点を目指すなど)で、それが達成されてもまた次の目標が必要になるばかりか、環境が変われば達成したものが無効化する。
例えばTOEICに代わるもっと別の仕組みを作るとか、自分が英語を話すのではなく英語の達者な人間を雇ってビジネスを回す・・というような「そもそも論」の発想がない。もっと自分の仕事やポジションの戦略階層を上げるべきで、そのためには今まで培ってきた「武器」を一旦捨ててしまう発想が必要。
例えば技術という(新興国が追い付きやすい)武器を必死に磨くのではなく、「ブランド化」という一段上のステージに上がるなど。

ただし日本には高度に抽象化された世界観を表現する方法論もある。俳句など、きわめて短い言葉の中に情景や世界を映し出している。日本人に抽象化の能力がないわけではない。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」の「死生観」は、「世界観」を超えるさらに上位の概念かもしれない。「死ぬこと」「死に方」を定めて、そこから落としてきた戦略や戦術は最強の方法論になりうる。

勝利に到達するためには2つの戦略がある。
・順次戦略 (目標とイメージ) 目標を定めイメージを明確にし、目標までの距離や時間を見える化して漸次進める。すごろく式。
・累積戦略 (環境と習慣) 見えない目標に向かって日々努力を継続する。ある時点で創発的、突破的な効果が劇的に出現する。臨界点に達すると一気にコマがひっくり返るオセロ式。

順次戦略は、最近の成功本などに多い「目標を明確にして紙に書く」「多くの人に公言する」など「見える化」する手法。
累積戦略は、いわゆる「陰徳を積む」行為。見えないところで日々継続する。祈りでも、掃除でも、ボランティアでも良い。本人にとっての宗教行為に近いもの。
どちらもバランスよく並行して進めることが肝要。ただし、まず累積型で地力や自信を培った人が順次戦略を取った方が高い効果が出る。

冷静であれ、柔軟であれ、選択肢を多く持て。
・・・

「日本には技術がある」「技術を生かしたものづくりを」と言われます。
もちろんそれは結構なことなのですが、「戦略の階層」という視点から見ると、それだけでは勝てないのが明確です。卑近な例では、世界最初の携帯音楽プレーヤーだったウォークマンも、音楽流通の仕組み自体を変えるiPhoneの戦略に敗れました。
その差は、突き詰めると「世界観」「哲学」に行き着く・・ これは一朝一夕で解決しない問題です。

日本を日本たらしめる原理を再発見した佐藤優氏の「日本国家の神髄」が参考になると思われます。

読むべし!



posted by 武道JAPAN at 19:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする