2017年06月16日

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」 草薙龍瞬

著者は仏教者であるが、特定の宗派に属さない独立派≠フ出家僧・・とのことで、書籍や講演を通じ、宗教としてではなく「現実の問題解決に役立つ合理的な方法」として仏教を紹介している。

本書は、人生における苦悩の原因が「心の無駄な反応」から起こる事を示し、反応しない方法・合理的な考え方を身に着けることで、苦痛から解放された有意義な生き方ができると説きます。以下メモ。

・・・
●認める・正しく理解する

人生に苦悩はある。無くそうとしないで「ある」と認めてしまう。そのうえで、苦を減らす・無くす方法を実践する。

苦悩の正体は、心の自動的な反応である。心は様々な欲求(食欲・性欲・睡眠欲・・・承認欲求など)を求め、できごとに常に勝手に反応し、無用なストレスや「妄想」を生産しつづける。したがって、心の無駄な反応を消すことができれば、苦悩は減ってゆく。

そのために、心の仕組みを理解し、反応せず、正しく合理的な考え方をする。例えば、次のような方法がある。

1)ラベリング
心の状態を言葉で言う。言うことで曖昧な心の状態を明確化する。正しく理解する。
例:わたしは怒っているな。わたしは悲しいな。これは承認欲求が満たされない不満だな・・など。そして、例えば承認欲求だったら「他人に承認されたとして、それに何の意味があるのか?」と考えてみる。

2)身体感覚に目を向ける
身体の快適な状態を作る、意識して呼吸する、一歩一歩確認しながら散歩するなど・・・苦悩の正体は、心の反応が作り出す妄想(実体のないもの)なので、身体という実体のあるものに意識を向けると反応が消えてゆく。

3)分類する
反応は、概ね次の3つに分けられる。ラベリングと似た手法。
・貪欲(「とんよく」欲しい欲しいという貪る心。手に入れたい、失いたくない・・・しかし、けして望むようにはいかない=「苦」のもと)
・怒り(思い通りにならない、期待通りに行かない物事への反応・・・しかし、そもそも人生は思い通りにならない=「苦」のもと ※悲しみも怒りの一種)
・妄想(人と比較して優れている・劣っているなどと考える評価・判断など)

●判断しない
良し悪し、好き嫌いを考えない。ありのままに見る、受け入れる。
1)あ、いま判断した、と気づく
2)自分は自分と考える
3)素直になる

他人と比較しない。
欲求のうちで、特に承認(認められたい、自分もひとかどのものであると自負したい)欲求は強く、人と競ったり、自己否定に走ったり、さまざまな苦悩の種になる。
比較も判断であり妄想。自分は自分。自分のものごとに集中する。

他人と比べるのではなく、自分の道を見つけ、自分のものごとに集中して、納得と満足のある人生を生きるべき。勝ち負けではなく、いかに貢献できるか(お役に立てればよし、の心)に注力すべき。

どんなときも自分を否定しない。「わたしはわたしを肯定する」

●反応の源泉を断つ
困った人とは縁を切る、距離を置く。

●自分の道を歩く
そのために道の基礎・自分の哲学を持つ。慈悲喜捨で生きる。
慈:人にやさしくする
悲:他者の悲しみをともに悲しみ
喜:他者の喜びをともに喜ぶ
捨:無駄な反応を捨てる

今できることをする・集中する。
人生を信頼し、最高の納得をめざす。
・・・

他人と優劣を比べたり、欲望に反応して苦しむ生き方を手放し、自分のすべきこと、今できることに集中して、満足や納得のある人生を目指しましょう、と説きます。たしかに、仏事だの法要だのとは違う、生活に根ざした、より良い人生を生きるための、きわめて実用的で技術的な内容です。

様々な哲学書や、あるいはビジネス書でも、「世のため」「人のため」「貢献」を最終目標に据えるものは多いです。人間は、自分の欲求を満たすためだけに生きても、人生に於ける高度な意義や満足は得られないのかもしれません。
じっさい、年齢とともに肉体の活動が衰えてくると、自分の欲求自体が減ってきますし、その段階で生きる意味や情熱を維持するためには、最終目的を自分を超えた場所に置くべきだというのは納得します。まあそれも、究極の「自己満足」だと言えるかもしれませんが。

良書です。こころのエクササイズができます。

読むべし!

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2012年12月02日

静かなる大恐慌 柴山桂太

著者は京都大学経済学部卒。滋賀大学経済学部社会システム学科准教授。専門は政治・社会思想史、現代社会論、リスク社会論。

本書を読むまでは、「グローバリズムは止まらないものだから、その中で如何に身を処すべきか」と考えていました。
しかし、この著者は「グローバル化は歴史上何度も起こっては崩壊した」と説きます。特に前回のそれが二度の世界大戦という結末に行きついて終焉した事実を明らかにし、ごく近い未来に、反グローバリズムの動きが出てくる可能性を指摘しています。
相当に現状認識を変えてくれた内容であり、まさに今、読むべき一冊と言えます。以下メモ。

・・・

世界はすでに「静かなる大恐慌」に突入した。1930年代のような混乱に陥らないのは、各国政府が過去に学んで対処のための知恵を保有していたからであり、実体としては「大恐慌」と呼ぶにふさわしい状態。

グローバル化は歴史上何度も起きては崩れた。今回が初めてでも、歴史の必然でも、永遠に続くものでもない。

経済が好調に拡大している時期はグローバル化も歓迎される。各国は相互貿易から恩恵を多く受ける。
しかし資本主義は消費も生産も借金を基にして拡大する仕組みであり、必然的にバブルを生む。バブルは必ず終焉するので、経済の後退局面は断続的に訪れるし、甚だしいバブルの後は恐慌となる。
こうなると、各国は自国の利益を最優先せざるをえなくなり、国家間の軋轢を生む。また、行きすぎたグローバル化は国内に格差を生む。新興国に雇用を奪われた労働者層は社会保障を求め、国内は不安定化する。このような経緯をたどってグローバリズムはある時点で反転し、保護主義や大きな政府への要求を連れてくる。

新興国の台頭も地政学的な不安定要因になる。前回のグローバル化時代には、恐慌後のブロック経済から締め出された新興国(日本やドイツ)が戦争の引き金を引いた。今回は経済発展した中国が軍備を増強し、周辺国に脅威を与え始めている。この局面で経済が崩壊すれば何が起こるか?
現代で戦争という帰結に結びつくことは考えにくいが、前回も「グローバル化は各国の経済的結びつきをより強固にし、戦争の可能性を低減する」と、同じように考えられていた。しかし戦争は起こった。

現在はWTOなどの機構もあり、あからさまな保護主義は取りにくい。各国も、保護主義が世界の安定にとって危険であるのは理解している。しかし現代の保護主義はより巧妙になっている。関税障壁をかけなくても、相手国製品の検査に時間を掛けたり、反ダンピング法のような新手が生み出されている。通貨安への誘導によって自国を有利に導くことも行われている。

グローバル化・国家主権・民主政治のうち、同時に実行できるのは二つだけ。

国家なしに節度のある資本主義は機能しない。

どこかで反グローバリズムの巻き返しが起こる可能性に備えよ。日本企業は世界に飛び出していくが、各国で国内産業の保護や外国資本の締め出し、政府による財産接収など、極端な事態が起こりうることを想定すべき。
中国での反日暴動など、繁栄から取り残された民衆による政府への抗議行動が直接的な日本企業への攻撃に出るケースだけでなく、民主的なデモや選挙によって政府への圧力が高まり、海外企業の締め出しが起こる場合すらある。
特に、日本はGDPに占める輸出依存度が上がってきており、海外のショックから影響を受けやすい。これが日本経済の脆弱性要因になっている。

各国が内需を拡大し、国民資本を充実させる事。輸出競争や通貨戦争によって他国の利益を奪い合えば、最終的には世界は不安定化する。しかし当面はグローバリズムは止められない。知恵の結集が求められる。

「資本」という概念を金銭以外にも拡大すべきではないか。共同体の人間関係や組織の信頼感、長年蓄積されてきた技術や知識の伝統など、現在の経済学がうまく扱えずに捨象している概念を取り込んだ新しい社会経済の在り方が必要。

・・・

・・と、新書でこの内容充実度はあり得ないほどすごいです。
グローバル化の進展による世界システムの不安定化という現在の世界が直面する問題をガバッと包含しています。これを読めば、リーマンショック後の不況も、ジャスミン革命も、尖閣問題も、すべてが同じ根を持つ「ひとつながり」の事象と見えてきます。

特に我が国においては、企業もエコノミストも、「今後も世界経済の一体化は直線的に進むし、縮小する国内を見限って発展著しい新興国に打って出るしかない」という論調が一般的で、想定外のリスクを検討していないようです。
しかし、もし本書の視点が正しければ(十分に確からしいと思われます)、今後グローバル化への強い反動が巻き起こる可能性は否定できません。我々はいたずらに国外に戦線を拡大すべきではなく、国内にもっと目を向けて、金銭に換算できない資本・・社会の安定性や国民の忍耐強さなど・・をより高め、国民を幸せにする社会、我々日本人が本当に望む社会の実現に注力すべきかもしれません。昨年のベストセラーに借りて言えば「これからの日本の話をしよう」です。

運命の選挙直前!

読むべし!読むべし!



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2012年11月04日

中国は東アジアをどう変えるか ~ 21世紀の新地域システム ハウ・カロライン/白石 隆

京都大学東南アジア研究センターの元教授と准教授の二人による著作。

台頭する中国は周辺国にどのような影響をもたらすか・・という、誰にとっても無関係ではなく、多くの場合、一縷の不安を伴って頭をよぎるこの問いに、きちんとした研究を基に答えた良書です。以下メモ。

・・・
第二次大戦終結後、唯一の有力な大国であったアメリカはアジアとヨーロッパで課題に直面した。

・ヨーロッパにおいては荒廃した各国の復興を進めると共にドイツが二度と軍事的に台頭しないこと。
・アジアにおいては共産国の台頭を抑えつつ、日本が二度と軍事大国化してアメリカに再びチャレンジしないこと。

これらの課題には別種の処方箋が与えられた。
ヨーロッパにおいては「ヨーロッパ人」という新しいアイデンティティの下、のちのEUにつながる独仏を中心とした共同体の構築が図られた。
しかしアジアにおいては「アジア人」という概念が意味を持たず、また中国は包括されるべき対象ではなく共産国として封じ込められるべき相手であったため、アメリカとの軍事同盟とともに日本の復興が求められ、やがて日本を先頭とした雁行型の経済発展を導き、「(中国を除く)アジア」「日本」「米国」の三角貿易体制が確立した。

1980年代に、中国は世界経済に参画することを望み、日米は中国をアジア太平洋経済の枠組みに導き入れることに決めた。
やがて日本・韓国・中国沿岸部・台湾・シンガポールなどが経済共同体の中に組み込まれ、政治や文化の統一とは別に、まず経済的な共同体が構築された。中国の経済大国化とともに、「中国」「日本を含むアジア」「米国」の三角貿易が確立した。

この段階にきて、「東アジア共同体」構想が浮上し始めたが、同時に「冷戦の勝者はドイツと日本だ。アメリカは日本が第二の大東亜共栄圏を構築するのに手を貸しただけだ」という批判が米国で盛んになり、日本は東アジア←→アジア太平洋のバランスを鑑みた結果、アジア太平洋の経済同盟をより重視して、APEC(アジア太平洋経済協力)を選択した。

・・・
多くの識者が予想するように、今後は米国の一極支配が衰退し、世界は多極化する。しかし、世界はすでに経済的にも政治的にも分かちがたく一体化しており、米国・中国・欧州・インドなどを「盟主」として、各国が地域連合を作って対立するという構図は考えがたい。

米国のヘゲモニーによって作られたWTOやIMF、世界銀行などの機関は、いまや世界各国がその枠組みを支持し利用する「公共財」となっており、台頭する新興国がこれに代わる新たな枠組みを作り出そうとしても容易にいかない。そういった意味で、現在ある世界システムはそれなりに強固であり、あらたなシステムを誰かが勝手に作ることは難しい。

アジアに限っても、中国の台頭に際して各国が中国の作る秩序に組み入れられたり、一方的に「なびく」といった現象は見られず、インドネシアやヴェトナムのようにむしろ警戒感を強めて他国との連携を深めようとする動きさえ起こっている。これらアジア各国の対応の違いは、地政学的な位置と、どのくらい世界経済に深く組み入れられているかの差によるが、いずれにせよ米国が鮮明にしている東アジア回帰の戦略のもとでアジアの同盟国が正しいパートナーシップを維持すれば、中国がこの地域で圧倒的なヘゲモンを握るという可能性は極めて低い。

東アジア各国において(一部中国大陸においても)、政治・経済・文化をリードするチャイニーズは、米国・英国・オーストラリア等で教育を受け、アングロサクソンの考え方や行動様式を身につけた「アングロ・チャイニーズ」であり、彼らはタイ語、インドネシア語、韓国語などの母国語の次に英語を、さらにその次に中国語を学んで話すバイリンガル、トリリンガルであり、アイデンティティとして「チャイニーズ」であっても、その意識は中華人民共和国が権威的に押しつける「中国」とは必ずしも一致しない。また、大陸から広く拡散した華僑やその子孫にとって、「中国」「チャイニーズ」という概念はけして統一されていない。

現在、中国のトップはケ小平・江沢民時代に比して国内諸勢力を掌握しきれなくなっており、南シナ海での強硬な領土拡大姿勢に出るなど、これまで善隣外交で培ってきた良好な関係を台無しにして東アジア諸国を米国との同盟構築に走らせている。

・・・
と、冷静な分析をしています。

経済発展する中国が、近い将来に米国の次の覇権国になる・・などという単純な未来がやってくるわけではありません。かの国も今までは伸び盛りでしたが、倍々ゲームで伸びてゆく期間は終わっています。これからが正念場でしょう。
ただし我々も、米国との同盟を危うくするような国内政治を続けていてはなりません。安定した政治状況を作り、中国以外のアジア各国との積極的な連携にも力を注ぐべきと思います。

新書ですがデータの裏付けは膨大で、長いスパンでの歴史も見据えて、現在と未来を見渡す視線を提供してくれます。

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2012年08月24日

世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう 奥山真司

著者は、地政学・戦略学の専門家。英国で地政学を学び、日本に批判地政学そのものを紹介した研究者の一人。
当然ながら軍事・戦略・地政学関係の著作が多いですが、本書はそれを「個人の人生戦略」に落とし込むかたちで書かれた異色作です。以下メモ。

・・・
欧米の社会は牧畜や奴隷制の経験から、管理(マネージメント)ノウハウの蓄積が厚く、発想として、状況を変えよう、環境の方をコントロールしようとする。日本人は状況を受け入れよう、環境に何とか合わせようとする。(例:打ち水や葦簾で夏の暑さを凌ぐ工夫をする vs 気温自体をコントロールしようとしてエアコンを発明する)

その結果、欧米は自分が常に優位に立てるように枠組みを構築しルールを変更するのに長けている。日本はその視点がないので、変更されたルールの枠内で努力するが、勝ちそうになるとまたルールを変更される。
(管理人:ルールを作り出す側に回らないとダメ。特に今後は国際社会の中での枠組みの整備に関与すべき。ただしそれには戦略が要る。また、どんな世界を構築すべきかの世界観や哲学が要る。日本人にはこれが昔から足りない。)

「戦略」には階層がある。日本人が得意な「技術」は、戦略学では最下層。その上に戦術や戦略、国家の意思である政策などがあり、最上位に置かれるのは「世界観」。上位ほど抽象度が上がり、「目の前のこと」から「遠い目標」に向かう。

欧米は自国(自分)の世界観・アイデンティティーを確立してから、それを実現(表現)するために戦略を練る。最上位から落としてくるため強い。
企業であれば社長の人格やビジョンが成否を決める。(Appleが世界最高の企業になったのもS.ジョブスの卓越したビジョンによるところが大きい)

世界観という最上位に位置する概念がなく、状況に対応するだけの「戦術」で応じていると勝てない。

世界観は、ビジョンやミッションと言い換えても良い。国家で言えば神話であり、個人であれば「私は何者か」というアイデンティティー。
これは個人の思想・宗教観・歴史観からでてくる抽象的な思考。延々と神学論争で戦ってきた欧米人は強い。個人の中にそれを培うことなく「お上の言うとおり」でやってきた日本人には核となるアイデンティティや歴史観がなく脆弱。日本人でもクリスチャンは例外的に強い。

このせいか、日本人は目標を立てるのがヘタ。立てても「技術」レベル(TOEICで000点を目指すなど)で、それが達成されてもまた次の目標が必要になるばかりか、環境が変われば達成したものが無効化する。
例えばTOEICに代わるもっと別の仕組みを作るとか、自分が英語を話すのではなく英語の達者な人間を雇ってビジネスを回す・・というような「そもそも論」の発想がない。もっと自分の仕事やポジションの戦略階層を上げるべきで、そのためには今まで培ってきた「武器」を一旦捨ててしまう発想が必要。
例えば技術という(新興国が追い付きやすい)武器を必死に磨くのではなく、「ブランド化」という一段上のステージに上がるなど。

ただし日本には高度に抽象化された世界観を表現する方法論もある。俳句など、きわめて短い言葉の中に情景や世界を映し出している。日本人に抽象化の能力がないわけではない。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」の「死生観」は、「世界観」を超えるさらに上位の概念かもしれない。「死ぬこと」「死に方」を定めて、そこから落としてきた戦略や戦術は最強の方法論になりうる。

勝利に到達するためには2つの戦略がある。
・順次戦略 (目標とイメージ) 目標を定めイメージを明確にし、目標までの距離や時間を見える化して漸次進める。すごろく式。
・累積戦略 (環境と習慣) 見えない目標に向かって日々努力を継続する。ある時点で創発的、突破的な効果が劇的に出現する。臨界点に達すると一気にコマがひっくり返るオセロ式。

順次戦略は、最近の成功本などに多い「目標を明確にして紙に書く」「多くの人に公言する」など「見える化」する手法。
累積戦略は、いわゆる「陰徳を積む」行為。見えないところで日々継続する。祈りでも、掃除でも、ボランティアでも良い。本人にとっての宗教行為に近いもの。
どちらもバランスよく並行して進めることが肝要。ただし、まず累積型で地力や自信を培った人が順次戦略を取った方が高い効果が出る。

冷静であれ、柔軟であれ、選択肢を多く持て。
・・・

「日本には技術がある」「技術を生かしたものづくりを」と言われます。
もちろんそれは結構なことなのですが、「戦略の階層」という視点から見ると、それだけでは勝てないのが明確です。卑近な例では、世界最初の携帯音楽プレーヤーだったウォークマンも、音楽流通の仕組み自体を変えるiPhoneの戦略に敗れました。
その差は、突き詰めると「世界観」「哲学」に行き着く・・ これは一朝一夕で解決しない問題です。

日本を日本たらしめる原理を再発見した佐藤優氏の「日本国家の神髄」が参考になると思われます。

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2012年08月05日

人間の叡智 佐藤優

なぜあなたの仕事はつらく給料は上がらないのか?
TPP問題の本質とはなにか?
中国はいまどういう位置にいるのか?
橋本徹はファシストか?

元外交官・佐藤優の著作はいつも刺激的です。
→日本国家の神髄
→テロリズムの罠<右巻>忍び寄るファシズムの魅力
→テロリズムの罠<左巻>新自由主義社会の行方
彼のけた外れの教養と、長年国際的なインテリジェンス(諜報)のフィールドで活動してきた蓄積が、世界を見る洞察力になっているのでしょう。

本書は、書下ろしならぬ「語り下ろし」で、平易で読みやすい文体になっています。が、内容は深いです。以下メモ。

・・・

世界は「新・帝国主義」の時代に入った。
この時代においては、国家は自国のエゴを剥き出しにして戦い、相手が怯んで国際社会も沈黙すると好きなだけ権益を拡大する。相手が必死で抵抗し、国際社会からも「やりすぎじゃないか」と非難が出れば協調に転じるが、心を入れ替えたわけではなく、顰蹙を買って結果的に自国の損になる事態を避けたいだけである。
新・帝国主義のルールは「喰うか、喰われるか」であり、他国から喰われず生きのびる術を模索しなくてはならない。

これから世界は、国際社会のルール整備に関与できる側と、受動的にそれを受け入れるしかない国に分かれる。日本はまだルール作りに関与する力が十分ある。

TPP問題は日本がどこのブロックに所属し、どこを「外部」としてファイアーウォールを作るのかの選択。中国・韓国と東アジア共同体ブロックを作るのか、米国を含む環太平洋ブロックに所属して中国と対峙するのか。

TPPに参加し、環太平洋ブロックを「内側」、中国を「外側」とした場合、内側からの移民はそれほど心配しなくてすむ。文字と言葉の壁が高く、南米やオーストラリアから大量の移民が来ることはない。
新・帝国主義時代のルールがまだ判っていない混沌の大国・中国と組めば日本はカオスに巻き込まれる。今以上の移民がきて、日本人労働者の賃金は中国と均衡するまで下がり続ける。米国と組むべき。

資本主義とは、資本家・労働者・地主・官僚によって構成される。

資本主義が行き過ぎると、労働者への搾取が極端に進み、労働者階級が再生産される(家庭を持って子供を教育し、次世代の労働者を生む)事ができなくなる。
その場合、資本は労働力のある国へ移動すればよいが、徴税が不可能になって国家は滅ぶ。共産主義国と言う対抗軸を失った世界で、資本の暴走を止めるためには国家の力を強化しなくてはならない。
現在はまだ資本の力が強く、先進国では賃金が下がり続け、雇用は減り、就職浪人が増え続けている。この中から国家の力を強化する、という揺り戻しが出てくる。

エリート(国家のトップ層だけでなく社会のそれぞれの階層にいる専門家。現場のリーダー)の力を強化するしかない。
311でも露わになったが、国家エリートの劣化がひどい。民衆が政治を信じられなくなって、専門領域に一般人が踏み込んでくる状態はまずい。ほんらい、政治は選ばれたもの(専門家)がしっかり遂行し、一般の人々は日々の生産活動に精を出さなければ社会は成り立たない。

日本や英国は、目に見えないものの方が実体であるという「実念論」が近代まで残った稀有な国。アメリカは、目に見えるものを実体とする「唯名論」の典型。

中国はネーション・ビルディング(民族形成)の途上。チベットやウイグルを含んだ「中国人」という国民を形成するには、それらを包含できる大きな物語が必要だが成功していない。この過程においては、多くの国がそうであるように「敵」の存在を必要とする。日本がその役割を受けてしまっている。

天皇がなくなれば日本もなくなる。首相公選制や天皇の国家元首化には注意が必要。天皇はタブーとし、神秘的な存在に置くのが正解。タブーのない社会は良い社会ではない。

戦前の日本は西洋発の「近代」を超克しようとしたが負けた=敗戦によって「近代」に敗れたと捉えた。そこで出てきたのが精神論に代わる合理主義、お国のために命をささげるような行為を否定する生命至上主義。そして全体主義に対立する個人主義。この3つが絡まりあって戦後の日本が形作られたが、ここには「力」が入っていない。しかし国家は絶対的に「力」によって成り立つので、この空白を日米安保が埋めた。日米同盟が国体の一部になってしまったため、米国との関係悪化を必要以上に怖れる政治家や官僚が多い。
しかし、力の要素をアメリカに丸投げして金儲けと個人主義でやっていけばよいという枠組みでは、日本という国家が生き残れないとわかってきた。311の天皇陛下のビデオメッセージは重要な意味がある。

今後2〜3年の国際政治の焦点はイラン。相当に現実性の高い核戦争の危機がある。なのに日本では情報が少ない。イランが核を持った場合、合理的な予測からまったく外れた行動が出てもおかしくない。指導者層が分裂・対立しているうえ、ハルマゲドンを本気で信じているグループもある。
イランの核開発にからんで東西対立が復活した。この場合の東側は中東。日本は西側の一員として、かなり積極的に動いている。そんな中で鳩山元首相がイランを訪問したのは大変な間違い。
イランが核武装すれば他国の核保有が連鎖的に進む。日本さえ、核武装の是非を論じる段階をあっさり通り越して保有することになる。

もうゼロ成長でよいから成熟を目指そうという議論があるが、江戸時代のように身分を固定した封建制を復活でもさせない限り、安定した社会を保持するのは無理。高度な教育を受けた者に見合った職業がないような状態が続けば社会は不安定化する。

これまで日本は後進国型の教育をとってきた。先進国に追いつくため、記憶力の良い若者に知識を詰め込み、事の本質を理解していなくてもよいので、とにかく学んだ事を再現できる者を官僚にした。
しかし、これからは物事の是非や理の判る人物、異なる事象をつなげて物語を構築できるリーダーが要る。そのためには時代を超えて読み継がれている古典を読んで万象に通じる理(ことわり)を学び自らの軸とし、小説を読んで人々が共感できる物語を紡ぎだす能力が必要。

・・・

佐藤氏は自身を「国家主義者」と呼びます。
現実の世界で個人の生命財産安全を守るものは国家しかなく、国家が弱れば他の国家や組織から収奪される。また、資本の力が膨張しすぎれば、やがて個人は富を絞り出す原材料として使われる世界が来る。だから国家(と、それを支える社会)の力を強化すべし、という主張です。自分の立場もこれにほぼ同じです。

メモを取っているときりがないほど充満した内容です。

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2012年07月29日

この国のかたち1 司馬遼太郎

タイトルが見事に内容を表している作品というのがあって、そういう書物に出会うと実にすっきり腑に落ちて感心します。

本書は、1986年から1996年にかけて「文藝春秋」の巻頭随筆に連載された司馬遼太郎のエッセイ集。晩年になり、それまで避けてきた小説以外の表現方法で「この国のかたち」を表現しようとしたものです。

「日本は世界の他の国々とくらべて特殊な国であるとはおもわないが、多少、言葉を多くして説明の要る国だとおもっている。」

博識に支えられて、長い時間軸で歴史を見通す目線が、魅力的な文体とともに展開されます。著者急逝のため全6巻で終わっています。
本書はその第1巻ですが、のっけから日本と日本人と、その歴史に対する的確な洞察が続きます。エッセイなので話題はあちこちの時代に飛びます。

この中で、特に重要な部分は、1905年(日露戦争以後)から1945年(敗戦)までの40年間に関する記述です。
参謀本部が天皇の統帥権(軍を統率する権利)を都合よく利用し、国家を誤った方向へ引きずって行った時代。これを、日本史における「異胎」と呼んで批判します。

・「参謀」という得体のしれぬ組織が自己肥大し、謀略を計っては国家に追認させてきたのが昭和初期の日本。参謀本部の将校という、いわば秘密クラブのメンバーが、憲法に定められた統帥権を勝手に拡大解釈し私物化して自らの権能を増大させて弄んだ。
・隠然たる権力を握った官僚と、マスコミに煽られて日露戦争の講和条約反対集会に集まった大群衆が、その後の40年を調子の狂ったものにしたのではないか。


薩長土肥が「天皇」という最高の権威を担ぎ出して明治維新を成功させたとき、言ってみれば天皇をうまく利用したわけですが、昭和の参謀本部も天皇の統帥権という権力を自分たちの都合の良いように利用しました。
天皇の統帥権は三権に超越する、と勝手な解釈を与え、その強大なパワーの陰に隠れてやりたい放題をした参謀本部=官僚たち。無限とも言える権能をふるいながら責任はいっさい取らなかった。
司馬遼太郎が「異胎」と呼んだその時代の中心構造は、現在も原子力ムラなどに復活してはいないでしょうか?

宋学に傾倒した後醍醐天皇が、日本的伝統を破り、まるで中華皇帝のような絶対権力を掌握しようと動いた挙句に南北朝の大騒乱になったり(※前のエントリー「中国化する日本」でも指摘されていますが、日本式統治構造と中華式社会システムを半端に混ぜるとろくな事になりません)、やはり中国式の中央集権や郡県制を構想したらしい織田信長が本能寺で討たれたり・・独裁的な絶対権力が一極に集中する仕組みをこの国は好まない・・というように、国のかたちや歴史の流れが、意味をもった流れとして理解できます。

・13世紀に自衛する農民である「武士」が生まれ、律令制をたてとする貴族階級から「田を耕すものが土地の所有者である」という素朴なリアリズムに基づいた権利を勝ち取って政権を樹立した(鎌倉幕府の誕生)。以降、日本史は中国や朝鮮と違う歴史をたどり始めた。

総じて、日本と日本の歴史に対する愛情が感じられますが、だからといって「この国」を礼賛し、なんでも持ち上げるわけではありません。客観的にバッサリ切るところは切ります。

・思想を求め書物を読むのが好きなくせに、思想を血肉として社会化させることを好まない。
・あの明治維新にしても、植民地になりたくないという切迫感から尊王攘夷(王を尊べ外国を打ち払え)と叫んだが、言ってみればそれだけのことで、ここにはフランス革命などに見られる「人類に普遍のテーマ」などは含まれていない。
・しかも維新が叶った後は、あっさり開国してしまった。


・工業化が進展すると、資本と商品供給が国内の需要を上回る。すると、対外的に打って出て新たな市場を獲得しようとする。これが帝国主義の原型。
日本は、昭和の時代に帝国主義的ふるまいで朝鮮半島を併合し子孫代々に残るうらみをかったが、当時の日本には供給する商品など無く、タオルや日本酒を輸出しただけだった。雑貨を売るために他国を侵略するとは、なぜこんな馬鹿げたことを国家ぐるみで行ったか?


個人的に面白いと思ったのは、「若衆宿」の風俗に関する記述。近代以前の集落で、未婚男子が実家を離れて寝起きを共にし、地域の警備などの共同作業にあたった風習ですが、これは雲南などの、漢民族とは違う古代タイ語系を話す民族にもあった風習ではないかとの事。
それで思い出したのは稲作の由来です。実は稲作は大陸から朝鮮半島を経て伝わったのではなく、雲南省あたりで発祥し、そこから海を通って直接日本列島に来たらしい(半島にはない稲のDNAが、雲南と日本だけにある)。
我々の先祖は稲と共に船で南から列島にたどり着いたのかなあと思います。そういえば、地理的には近いけれど大陸や半島の人々とはどうも分かり合えず、タイやフィリピンあたりのほうが付き合いやすい気もしますし。

日本と、日本史を巨視的につかむ目線を与えてくれる良書。

読むべし。


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2012年06月30日

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史 與那覇 潤

近代はヨーロッパから始まった。近代化とはすなわち西洋化であり、議会制民主主義や法の統治を備えることだ・・という常識をひっくり返して新しい視点を導入する書。

著者は、東大教養学部卒、愛知県立大准教授。日本近現代史・東アジア地域研究が専門。まだ32歳との事ですが、本書は非常に「切れ」ます。つまり、ナルホドそれで社会と歴史が確かに説明できる・・と納得させる力があります。以下メモ。

・・・
中国では、宋の時代に

・権力は皇帝に一極集中
・優秀な人材を全国から試験によって登用し(科挙)、皇帝に忠誠を誓わせる
・官僚が中央から地方に派遣されて管理する(郡県制)
・政治的には規制があるが、経済的には自由競争で何でもアリ
・政府はほとんど何もしてくれない

という社会システムが確立した。

本書で「中国化」と呼ぶものは、この(現代でいう「新自由主義」のような)システムが世界を覆ってゆくことを指します。
そして、「中国化」と対比する概念として「江戸時代化」を置きます。こちらは

・権力は権威や富と一体ではなく一極集中「させない」
・身分や職業など、社会経済的にさまざまな規制がある。土地から離れて移動も禁止。(要するに封建制)
・その代り、自分の持ち分(身分や家業)を守っていれば子孫代々食べていける

という、日本で独自に発達した社会システムです。
(管理人:共産中国が実は新自由主義のようで、日本が社会主義的なのが興味深いです。そういえば、かつて日本を「最も成功した社会主義国」と評する向きもありました。)

日中は「混ぜるな危険」で、双方のシステムを中途半端に交換導入するとロクなことにならない。

著者は、どの国でも16世紀ごろに確立したシステムが現代でも社会のベースになっている、と説きます。(米国など移民国家は別)
日本では、何度もグローバル化(本書では「中国化」)の波が起こりつつも(清盛の日宋貿易や明治維新や小泉改革)、その度に「江戸」への揺り戻しが起こって、現在まで「長い江戸」が続いてきたものの、いよいよ江戸システムも終焉が近づいている、と見ます。
(管理人:確かに、小泉改革後に格差社会が叫ばれ・・小泉改革と格差社会は実は関係ありませんが・・「三丁目の夕日」的なあの時代に帰りたいよ、みたいな動きはありますね。もうそれはできないのですが、人々の意識の底には、セーフティネットのない未知の世界への怖れがあるのではないかと思います)
反対に、中国でも「江戸化」が起こった時代が何度もあり(毛沢東時代など)、結局それはうまく機能してこなかった、としています。

中国システムでは、政府はほとんど(福祉的なことは)何もしてくれない上に自由競争=負けたら死ね、の社会なので、民衆は父系血縁の「宗族ネットワーク」を構築。女性は結婚しても姓を変えず、同姓の血族をできるだけあちこちにバラまいて、どこかで誰かが成功したらそこを頼る・・というセーフティネットを発達させた。宗族血縁が大事で、他人の子を養子にとるなどは論外。

その他、面白い知見として

機械化されておらずビニールハウスすらない中世では、人口増加が早いと食糧増産が追いつかない。食っていくだけで必死で、すぐ飢饉や内戦になる。ここを脱せないと近代化しない。(アフリカなどでは今もこの状態)
英国では家庭内労働を職業化して(執事やメイド)結婚しない(子供を作らない)層を生み出し、日本では長男だけに跡を継がせる「イエ制度」を作って人口増加に歯止めをかけたおかげで、この二国が近代化に一番乗りできた。中国では、宗族ネットワークが頼りだから可能な限り血縁を増やそうとして人口増加に歯止めがかからず近代化の遅れを招いた。
ただしイエ制度の弊害として、次男以降は生涯結婚もできず、飼い殺しか、都市へ丁稚奉公に出されて多くは野垂れ死んだ。「姥捨て」伝説と違い、「若者切り捨て」が常態化しており、それは現代も続いている。(高齢者の年金のために消費税を上げるが、職のない若者がネットカフェ難民になっている)
・・・

非常に面白い視点を提供してくれます。納得性も高いです。

ただ、タイトルがちょっと残念な気がします。「中国化」というキーワードが刺激的で、本の販促的には良いのでしょうが、世界標準の究極的な社会システムは中国で発明された・・中国は最も進んだ文明の体現者だ・・みたいな部分はもう少し検証が必要と思います。また、著者自身、「(中国と江戸時代)どちらの制度も良し悪しがある」と言いながら、随所に「中国のほうが進んでいる」というニュアンスを押し出す傾向が感じられます。

ヨーロッパなど本来は世界の田舎だった・・という説はその通りですが、かの地で産業革命がおこり、過去200年にわたって確かに世界をリードした背景にある、知的・物的所有権を保護する概念や、法の支配、株式会社という仕組みの発明などを掘り下げたうえで、次の世紀に目指すべき全世界的な社会システムは何か・・という問いにまで持っていかずに中国を礼賛するようでは十分ではないと思います。といっても、著者は歴史学者であって政治・社会学者ではないのでそれは専門外ということかもしれませんが。

とはいえ、「不自由でも我慢すれば皆で生きて行ける」江戸システムにいくら郷愁を感じても、グローバリズムの流れは簡単に止まらないのだから、「どう乗ってゆくか」を考えねばなりません。特に東アジアにおいては、台頭する中国にどう対するか。
著者は、中国の弱点である「世界に提示できる普遍的な価値観を持たない(今のところ、「中華こそ世界一」という独善的で誰も受け入れない概念しか持たない)」点を突いてはどうか、と提案しています。例えば、憲法9条の理念を前面に出し、「武ではなく徳を持って治める儒教道徳はそちらが本家だが今や日本にしか見当たらないようだ。かくなるうえはこちらが文化の中心」として、東アジア共同体は日本の規範をベースに・・となれば面白いのではないかと。(秀吉も朝鮮へ出兵したのは、最終的に中原まで攻め上って東アジア全土を手中にする計画だったわけだし)

内容は充実していますが、文体は口語でとても読みやすい。

読むべし、読むべし!



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2012年04月25日

プーチン最後の聖戦 北野幸伯

著者の北野さんはモスクワ在住。
卒業生の半数は外交官に、残りはKGBに行くと言われたモスクワ国際関係大学(MGIMO)を日本人として初めて卒業。驚くべき洞察力で国際情勢を鋭く、しかも判りやすく分析してみせる殿堂入りメルマガ「ロシア政経ジャーナル」の発行人でもある。

彼の著作(本書で4冊目+電子書籍1冊)はすべて読んでいますが、ややこしい世界情勢を実にスッキリと判りやすく、キレイゴト抜きで的確に描き出してくれます。

本書のタイトルには「プーチン」が掲げられていますが、彼を中心にしたロシア(およびかつてのソビエト圏)の政治状況はむろんの事、世界全体の国際情勢が見事に俯瞰されています。これまでに起こった事が証拠つきで明示され、今後の世界で何が起こるかもハッキリと書かれています。
経営や投資に携わる人はもちろん、ひとりでも多くの日本人に読んで欲しい一冊です。なぜなら、次のような地殻変動には、すべての人が巻き込まれるからです。

●いままで

・日本はアメリカの天領
・世界では国家間の絶え間ない闘争
・しかし天領ニッポンはアメリカの庇護の下で何も知らず平和ボケ

●今後10年程度のうちに

・米中二国の覇権争いが進む
・じょじょにアメリカは没落し、世界の覇権国から地域の一大国へ
・日本はアメリカの庇護を失い、強大化した中国と自ら対峙!?

日本を取り巻く環境がなぜ上記のように変化するかは本書を読めばわかります。本当にそうなるのかは、読んだ後で自分でも考えてみてください。ただ断言できるのは、このような変化が「来るか、来ないか」の議論は無効で、「来た場合」を考えて備える必要があるという事です。それが安全保障というものであって、「想定外でした」ではすみません。
個人的には、アメリカが21世紀の成長センターであるアジア地域への関与を手放して南北アメリカ大陸経済圏に隠遁する・・という状況は近未来にはありえないだろうと思いますが、日本に軍事的な庇護を与え続け(られ)るかはまた別の話です。

ほとんどの日本人は、自分たちの乗っているタイタニック号がどこを目指しているのか、どういう理屈で時々航路を変えているのか、外では何が起こっているのか、進んでいく先に何が待ち構えているのか・・を、よく知らない3等船客のように見えます。アメリカが「自由と民主主義のため」と言えば、素直に「そうだよね〜」と信じてイラク戦争を支持してしまう。そんなキレイゴトに騙されるのは日本人だけで、美辞麗句の裏で自国の国益のみを追求するアメリカを、世界の国々はなんとか引きずりおろそうと画策してきました。その経緯も、本書に詳しく書かれています。知らない人には驚天動地の事実でしょう。
日本人がこういった事情に疎いのは、けして知性がないからではなく、上記のように日本がアメリカの天領であり、英米は支配下においた国の面倒見はわりといいほうなので、難しい国際情勢をアメリカ任せにして経済だけやっていればよかった・・というシアワセな時代が長く続いたからです。以前のエントリーにも書きましたが、どこかの国の家来でいるなら、まあアメリカが一番マシで、しかしもう、その時代が終わりつつあるという事です。

これからもアメリカは世界の最強国のひとつでありつづけるでしょうし、日本にとって最も重要な国のひとつでしょう。また、アメリカ後の世界は中国の天下になるのか・・といえば、これはそう単純ではありません。そのあたりも、本書から読み取って頂きたいところです。ただいずれにしろ、私たち日本人には過去数十年とはレベルの違う国際情勢に対するシャープな感覚と、多極化した世界を生き抜いてゆく知恵が求められます。

目覚めよ!既に我々は変化の中にある。


読むべし!!



posted by 武道JAPAN at 16:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記録(政治経済) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする